「空をとびたい」


いつの頃からかそれはわたしの口癖になっていた。廃墟と化したビルの屋上でのこの発言は自殺願望と捉えられてしまうかもしれない。そうではなく、背中に翼が生えて空をとんでみたいとひたすら純粋に思っていた。これは昔から人が願ってやまないことと言っても過言ではない。事実、肩甲骨は翼の名残だと言われているのがそうであった。杏子はすっかり聞き飽きたらしく、あっそうとだけ言うと手に持っていたあんまんにかぶりついた。もぐもぐ、ごくり。咀嚼して呑み込むという彼女の一連の動作を見ていたら、杏子は怪訝そうな顔でわたしの表情を伺ってきた。それから、思いついたようにあんまんを差し出してきたので「わたしはピザまん派なんだ」と言って首をふった。邪道め、と杏子は言った。好みなんて人それぞれなのに。


「杏子は魔法少女なんでしょう」
「そうだけどさぁ」
「じゃ、とべないの、空」
「あんなあ、魔法少女っつっても戦いにおいて身体能力が高くなるだけで、アニメやマンガみたいにメルヘンなことはできないから」
「……へえ」
「なにガッカリしてんだよ」


返事のかわりに、半壊したフェンスにもたれかかった。杏子の胸にあるソウルジェムが月明かりに照らされている。周りは至って穏やかな夜で、つい先ほどまで杏子が魔女と戦っていたことが束の間の夢のように感じた。この双眸に何度も何度も焼きつけてきたはずなのに、頭のどこかで未だ現実として受け入れられない自分がいる。臆病な女だ、と杏子は笑った。でもそれが普通なんだよ、とも言った。どこか寂しげな表情に心を抉られる気分になった。


「……アンタ、もうあたしの戦いについてくるのはやめな」


食べ物をすすめてくるときのと、さほど変わらない口調で杏子は言った。わたしは驚かなかった。わたしも彼女もいつだって唐突だ。そこに理由なんてなくって、お互い先のことは見据えずに感情だけで動いてしまう馬鹿なのだ。


「…うん」
「んで、魔法少女にはなるなよ」
「わたしにはむりだよ」
「まーな」
「……杏子、死なないでね」
「アンタも」
「…うん」
「…あたしもアンタも、馬鹿だよねぇ」


杏子が食べていたあんまんを奪ってかぶりついた。怒るかと思ったけど、杏子は「ピザまんの方が好きじゃなかったのかよ」と泣き笑いの顔で言っただけだった。あんまんだって別に嫌いじゃない。くしゃりと撫でてきた杏子の手はいつもより優しかった。ふいに涙が出そうになって、誤魔化すかのようにもう一度あんまんにかぶりついた。彼女の判断は間違ってなんかない。杏子が魔女を倒したあと、当たり前のようにここで二人だけの時間を過ごすのが好きだった。幸せだった。だけども、無力な中学生のわたしたちには到底どうすることもできなかったのだ。

わたしは魔法少女にはならない。だいすきなあたたかい友達にはきっともう二度と会わない。古より恋焦がれつづけていた翼は、とっくに折れていた。



- ナノ -