「フラン、この書類さあ、」


わざわざ人の部屋に入るたびにノックをする常識人なんてヴァリアーにはいない。それは女であるわたしもまた例外ではなく、しかも今回は両手がふさがってるためドアを蹴っ飛ばして開けた。がこん、と妙な音と共にドアは外れてしまったけど、そんなのはいつものことなので気にせずに部屋の中に入っていく。


「……またドア壊したんですかー。スクアーロ隊長に怒られんのミーなんですけど」
「へいへい、ごめんね」
「うわー全くもって誠意が感じられない」
「それはお互い様だよ」


本気で怒らないあたり、つくづくスクアーロの説教は無意味だなあと思う。抱えていた書類をフランのデスクにどさどさ落としていくと、フランはあからさまに嫌な顔をして力が抜けるように椅子にもたれかかった。嫌なのはわたしも同じだというのに、この後輩のやる気のなさにはいささか目をみはるものがある。まあわたしもフランのこと言えた立場じゃないけど。


「フランやーい」
「……ミー今日の明け方まで任務だったんですよねーもう眠くて眠くて」
「すごい!えらい!」
「むかつくー」


言いながらフランの目はしぱしぱとまばたきを通常よりも多く繰り返してて、眠気と戦ってるようだった。ねむい?と聞けば返事のかわりにフランの頭が大きくゆれた。


「ちょっとねてもいいよ。そんな急ぐ仕事じゃないし」
「じゃあそうしますー」


ベルに常にかぶるように言われてるカエルもさすがに寝るときははずすらしい。カエルを床に放置したあとはふらふらと歩いていき、フランはブーツも脱がずにベッドに体を沈めた。その様子が見ててあまりにも危なっかしいから、大丈夫かーと声をかけると、フランはちらりとこっちを見てから手招きをした。疑問に思いつつも素直にそばまで歩いていくわたしはなんていい先輩なんだろう。


「なあに」
「センパイもねましょー」
「…なにそれ冗談?」
「大真面目ですよー」
「おわっ」


油断していた。言うが早いかフランはぼけっとしていたわたしの腕を引っ張り、わたしはされるがままにベッドに倒れこんだ。文句を言おうと口を開くまえにフランの手がのびてきて、引き寄せられたわたしは彼とぴったりくっついた状態になった。


「フランこれやばいよ」
「あーセンパイあったかい。あれですねー子供体温」
「おい聞けよ」
「センパイもねればいいじゃないですかー」
「この状態で?」
「この状態で」


宝石のようにきらきらとした翡翠の瞳と目が合った。今まで意識したことなかったけど、フランってまつげ長い。肌も白いし、わりときれいな顔だ。そう考え出したら急に全身に血が巡るように体が熱くなっていった。どうしよう、離れた方がいいかな。フランの吐息が触れるたびにわたしが無駄にどきどきしてること、無防備に寝顔なんかさらしちゃってさ、ちゃんとわかってるのかなこのこ。すうすうと規則正しい寝息たてちゃってさ、離れられないじゃん。

軽くため息をついてから、スクアーロになんて言い訳しようかと考えて、そのあとにこれからのフランとのつきあい方を考えた。けど、どっちもなるようになるなということに気づいてやめた。春のうららかさも手伝って眠気が襲ってきたころにはもう、身に任せてゆっくりとまぶたを閉じていくことにした。うすれゆく意識の中で最後に見えたのは、めいっぱいの翡翠だったことに少しの幸せを感じて。



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