紅茶の入ったカップに角砂糖をおとす。ひとつ、ふたつ、みっつ。それらはすぐにどろどろに溶けて、あっというまに元の形をなくしてしまう。あっけなくて、もろい。「ゲロ、センパイなんですかそれー」「なにって、紅茶」「どう考えても砂糖入れすぎでしょー、おええ」「失礼なこだなあ」わたしがスプーンでかき混ぜている様をまるで奇妙なものでも見るかのような目で見てくるのは、つい先日マーモンの後任になった新入りのフランだった。げろげろとか言うから気分でも悪いのかと思ったけど、どうも違うみたい。ぐるぐる、ぐるぐる、フランはスプーンの動きを目で追っている。そういえば、生前マーモンはよくこうしてテラスでわたしとお茶をした。特にこれといって盛り上がる話をするわけではなかったが、わたしはあの空間の心地よさが好きだった。それは暗殺者ではなく、ひとりの少女になることができた、唯一の時間だったからかもしれない。「フランも、紅茶飲む?」「ミーの師匠はー」「うん」「本当はすっごい甘いものが好きなんですけど、見栄はってコーヒーばっか飲むんですよー」「プライド高そうだもんね」「ガキ同然ですよ」「あんたたち、いつのまにか仲良くなったのねぇ」「うるせー変態オカマ」「悔しいけどあってるわ!」「あはは」日課となった二人のお茶会は、たまにルッスーリアがくわわって三人ですることもあった。ぽかぽかとしたひざしの下で、おだやかに流れていく時間は儚く短く感じられた。それが嫌で、のろのろとクロテッドクリームをスコーンにつけたり、意味もなく角砂糖をもうひとつ入れたり、小さな子どもの抵抗のようなことをしていた。ベルはそんなわたしたちを見てお前らほんとに暗殺者かよと呆れていたけど、今思えばあいつもお茶会に参加したかったのかも。「センパイ」「ん」「…あー、やっぱなんでもないです」「ふうん?」ボンゴレデーチモが、中学生という幼さで白蘭に打ち勝ったのは素直にすごいことだと思う。なにも言わないけど、ボスもきっとそう思ってるだろう。マーモンたちアルコバレーノが生き返ったとき、みんなが浮き足だったようにそわそわして、彼らの生還を心の内で喜んだ。喜ばなかったといえば嘘になるけど、わたしの頭の中はフランでいっぱいだった。もともと霧の幹部という空いた席を埋めるために彼は連れてこられて、マーモンがもどってきてしまえばその役割はもう必要なくなるのだ。つまり、フランの存在はなかったことになる。「お別れですねー」「うん」「お茶の相手が戻ってきてよかったじゃないですかー」「……フラン」「あんたは、」ミーを見てくれたことなんて一度たりともありはしなかった。いつだってミーに前任の影を見いだそうとしていた。結局あんたは、前任となにかひとつでも関わりがあれば誰でもよかったんですよ。言葉だけ聞くと飄々としていたが、実際フランの顔は泣きそうだった。そんなことはない、と言おうとして口をつぐんだ。わたしにそんなことを言う資格はあるのだろうか。何も言えない自分が腹立たしくて、ぎゅっと拳をつくってみるけどやっぱり何もできなくて、フラン、と名前を呼ぼうとしてもそれは虚しく空気と同化するだけだった。「…センパイ、ミーは、」ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぽちゃん。誰も来なくなったテラスで、わたしはひとり紅茶をかきまぜていた。ルッスーリアもマーモンも気を遣ってか、ひとりにさせてくれることが多くなった。来ない待ち人を待ち続けることほど愚かなことはないけど、そうでもしなきゃわたしは落ち着いていられなかった。紅茶はすっかり冷めきってしまった。それでも、こうしてどろどろになるまでかきまぜていれば、あのこが戻ってくるような気がして。あの日、あの瞬間の熱が、今もまだ唇に残っている。「フラン、」わたしはあのこがすきだったとようやく気づくことができたのに、できることは紅茶をまぜるくらいしかないのだ。角砂糖をいくつ入れたかなんて、もう、覚えていない。