恋をした。

この世に生を受けてから約14年間、一度も恋というものをしたことのなかったこの私が!

小学校高学年になって周りの女子たちがクラスのお調子者の男子にときめいて「かっこいいよね」とひそひそ話し始めてオシャレとかちょっと気にかけちゃったりしたころも私は「ばっかじゃないのあんな奴らただの頭悪い馬鹿じゃんか」とやたら冷めた視線を投げつけていた。恋なんて一時の感情でそんなのに自分の心惑わされるなんてたまったもんじゃねー。ガキがいっちょまえにうっとりしちゃったり悩んだりしちゃってなーにが「あの人のこと考えてたら眠れない」だよ。勝手に不眠症になってろ。気持ち悪い、反吐が出るっつーの。ケッ

って思ってたのに


「おかえりなさい」

「う、うん、ただいま」


アンチ恋だった私の考えはバジルくんによって丸々180度変わってしまった。夜寝る前には絶対バジルくんのこと考えるし、今なら不眠症になる気持ちもわかる。

おかしい。これは一時の感情だ。と自分に何百回も言い聞かせてもバジルくんを見るだけで顔が異常に熱くなって心臓がバクバク鳴り出してその場から逃げてしまいたい衝動にかられる。好きなのに。顔をじっくり見たいけど、見れない、ジレンマ。

しかし私もツナんちの居候の身としていろいろ家の手伝いやらなんやらをするわけだがその度に必ずと言っていいほどバジルくんと一緒に作業することになる。

現に今。

今私はバジルくんと二人っきりで黙々と洗濯物をたたんでいる。黙々っていうのは完全に私が生み出してる空気だ。しゃべる以前に彼の目を見ることすらままならないこの場で、私はずーっとうつむいてるから多分感じの悪い奴だな、って思われてる。このまま二人っきりだったら私は爆発すると思う。恥ずかしさで。


「……あの、」


ふっと条件反射で顔をあげると申し訳なさそうに眉尻をさげて明らかに困惑の色を浮かべているバジルくんと目が合ってしまった。心の中ではうわあああああと大パニックを起こしているものの、表に出してはいけないと極めて冷静に「なに?」と彼にたずねた。


「拙者は…お主になにか嫌われるようなことをしてしまったのでしょうか」

「え、」


おもわず洗濯物をたたんでいた手が止まった。バジルくんはまっすぐ私の目を見ていて、いつもならすぐに目が泳いでしまうのに今回はがっちり何かにつかまれたみたいに目をそらせなかった。

バジルくんは私に嫌われていると思ってるらしい。

確かに私が彼に対する態度は端から見れば冷たく見えるかもしれない。会話も最低限のことしかしない。恋なんてしたことないから好きな人にどうやって接すればいいか分からないし、仲良くしゃべりたいと思っても恥ずかしくてできないし、だから恋ってコントロールできないしめんどくさいし嫌だ。

…そんでもって、全部恋のせいにして大事なときに何にも言えない自分がもっと嫌だ。


「…迷惑かもしれませんが、拙者はお主と、な、仲良くしたいと思っています」


急にバジルくんは伏し目がちになって長いまつげをぱちぱちと瞬かせた。心なしか頬が若干染まっている気がしなくもない。うっわかわいい女の子みたいだ、なんて思ってる暇もなく彼の意外な発言についに私は下を向いてしまった。ぜったい嫌われてると思ってたのに。こんなに優しいのに私はなんでそっけない態度しかとれないんだ。これは恋とか以前に人としてダメな気がする。


「…え、えっと、」

「……はい」

「わ、私も、その…仲良くしたいと思います、バジルくんと…」


せっかくたたんだ洗濯物をぎゅううううと皺ができるくらい握りしめた。

言った、言ってしまった。

ぐ、と羞恥に耐えるように唇をかみしめて恐る恐る顔をあげてみると、嬉しいような驚いてるような顔をしているバジルくんがいた。何を思ったのか彼は突然私の手をがっしり握ってきて「ほんとですか!」と目をきらきらさせた。白くてほっそりしてるけどやっぱり私のとは違って男の子の手だった。手を握られる、というか、バジルくんと接触するのは初めてで、おもいっきり動揺した私は女子らしからぬ悲鳴をあげて、こともあろうに全力で手を振り払ってしまった。ハッと気づいたときには後の祭り。


「あ、いや、ちが、ちがうの!べつにバジルくんのことが嫌いとかじゃなくって、むしろ好きっていうか……あああごめんなさい!」


あまりの自分の不器用さと恥ずかしさにいたたまれなくなって、泣きそうになりながら部屋を出ていこうとしたら結構強い力で手首をつかまれて前につんのめってしまった。何事かと思って後ろを向くと、私とあまり背丈の変わらないバジルくんが耳まで真っ赤にして少し震えながら口を開いた。


「せ、拙者もです!」


……不器用なのは私だけじゃないみたいだ。



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