「あっちいなー」
「夏だからね」
「補習最終日ってテンション上がるよな」
「それと同時に夏休みも最終日であることを忘れてはいけないよ丸井くん」


8月の終わりだというのに残暑はまだまだ厳しくて、今日も蝉は精一杯自分の存在を主張するように鳴き続け、太陽も元気に活動していた。外出の際にはなるべく日陰を選んで歩き、なおかつ日焼け止めをぬりたくっていたせいでたいして焼けていない自分の白い腕を見ては、小学生のころはもっとこんがり焼けていたのになあなんて感慨にふけってみたりして。そんなわたしに比べて隣を歩く丸井くんは夏休み中をほとんどテニスに費やしていたようで、ほどよく筋肉のついた小麦色の腕を頭のうしろで組んでいた。そうしてまたわたしは自分の腕を見て、わずかばかりのため息をついた。やっぱりちょっとくらい焼いておけばよかったかも、なんて。


「夏休みって終わるのすっげー早いよな」
「うん。そしたら秋なんてあっというまに過ぎて冬になっちゃって、来年になって、春がきたらわたしたちもう、高校生だよ」
「うっわ実感わかねー!」
「ねー」


口をもごもご動かして器用にフーセンガムをふくらましていた丸井くんは、突如思いついたように立ち止まった。それにつられてわたしもおんなじように立ち止まる。かすかにグリーンアップルの匂いが鼻をくすぐった。そして丸井くんはテニスで自分の妙技を魅せたときのように笑った。


「なあ、海行かねえ?」


∴∵∴


どうせ家に帰ったところでやることはないからと了承し丸井くんと海にやってきたのはいいものの、そこは思った以上に閑散としていた。人はまばらで、数日前までは活気があったであろう海の家は閉店し申し訳なさげにすみっこでたたずんでいる。丸井くんは特に気にしていないようで、俺さ今年海初めて来た、と言っていそいそと靴を脱ぎはじめた。そういえばわたしも今年海にくるのは初めてだと、彼の言葉で思い出した。


「冷てっ」
「あはは、海だもん」
「お前もこっち来いよ」


波がくるかこないかギリギリのラインのところで少しだけ手を水につけてみたり、砂浜から貝殻を掘りあてていたわたしのところに丸井くんは波をバシャバシャ踏みつけながらやってきた。丸井くんはわたしの手をつかんで立ち上がらせるとそのまま歩きだそうとしたからわたしは慌てて靴と靴下を脱いでならべておいた。

なんとなくどきどきして、丸井くんに手をとられたままゆっくり素足を水に浸すとすぐにひんやりとした感触におそわれた。そのまま二、三歩前へと進む。風が潮の香りを運んでくる。燃えるような真っ赤な夕日が水面に映りぼんやりとゆらめく。同じように赤い丸井くんの頭に目を奪われた。どれくらいそうしていたのか分からない。たった一秒がものすごく長く感じられた。心臓のあたりが疼いて、ほんの少しだけ力を入れて彼の手を握った。


∴∵∴


帰り際に見かけた街路樹の下には1週間というはかない命を全うした蝉が誰にも気づかれないように転がっていた。世間は着実に夏を終えて秋へと向かっている。それでもわたしは確かに夏を感じていた。

左手に持ったアイスキャンディーをガリリとかじる。「また来ようぜ」とはっきり呟いた丸井くんに向かってうなずいた。わたしの右手はまだ彼の左手と繋がれていた。顔が赤くなっていることを指摘されて、とっさに手で覆うとしたけどどちらの手もふさがっていたのであきらめた。でも、多分、夕焼けのせいじゃないだろうかと自分に言い聞かせた。頭のわるいわたしと丸井くんは、まだなんにも分かってはいなかった。

曖昧に笑ってみせる
君の照れ隠し



まあ、丸井くんの顔も赤くなってるし、どうでもいいや。


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