HAPPY BIRTHDAY!!




 チャンピオンの座を辞退してから引きこもり生活を始め、時間を玩び続けて早数ヶ月。もうとっくに曜日感覚なんて吹っ飛んで毎日が日曜日だった頃。


 何と無くお嬢をボールから出して撫でてやっているとライブキャスターが光った。おっさん(本人の前でこう呼ぶとしばかれる)からだ。

「来い。」

 お嬢から手を離して通話ボタンに手を伸ばす。すると、開口一番にこの二文字。
 述語だけじゃなくてきちんと主語、補語、目的語を補え。と思うけれど彼の「来い」という言葉の目的地は一カ所しかない。
 だからそこには突っ込まない。

「……何?今忙しいんだけど。」

 俺がそういうとお嬢は、暇を持て余していたじゃないと叱るようにキュゥと鳴いた。

「そう言わずに今すぐ兎に角来い。」

 おっさんがそれだけ言うとライブキャスターの通話は一方的に切れて俺に反論を許さなかった。
 仕方ない、ルーギスに飛んでもらってブラックシティへ行くか。




―*―*―*―





 何もかもが欲望うずめく黒い街に降り立つ。サザンドラの3つある内の真ん中の頭を労いの意を込めて撫でてやってからボールに戻す。

「とりあえずあそこかな。」

 ポケモンセンターをぼんやりと眺めながらおっさんがいつもいる闇市の執務室へ足を運ぼうとした。が、辿り着く前に向かいからおっさんが歩いてきた。いつも連れている黒服のボディーガードで周りを固めてだ。その姿はやっぱりマフィアの頭領にしか見えない。
 にしても珍しいな。普段なら闇市の奥でラスボスよろしく待ち構えているのに。

「よお、待ってたぜ。」
「唐突に呼び出したのはギルでしょ。もっと待たせればよかった。
 で、なんなの。わざわざ出て来るなんてどんな用件?あそこじゃ駄目なの?」

 ポケットに手を突っ込んだまま顎で闇市を指して尋ねた。
 するとおっさんは悪戯を思いついた悪ガキのようにニタリと笑った。

「まぁ、ついてこい。」

 そう言うとおっさんは歩きだしたの。歩きだしてすぐ、彼はライブキャスターを取り出して誰かに連絡をとっていた。
 大方これから会う取引先だろうな。俺はその取引現場に連れていかれて何かさせられるなんてところか。
 とりあえずついていくしかない。


 少し歩いて到着したのは街の一角に佇む如何にも高級そうなレストラン。
 周りの黒服たちに扉を開かせ、おっさんはどんどん中へ入って行く。俺も入るべきか。
 中に入ると落ち着いた雰囲気に纏められていて悪くないと思った。
 だがどうしようもない違和感が拭い切れない。と言うのも大規模なパーティーが出来る程の広さにも関わらず、用意されているテーブルはひとつ。Nの城程ではないけど呆気に取られた。

「おい、どうした。早く来い」
「……ああ。」

 入口付近で立ち止まっている俺をおっさんが急かす。そのおっさんの隣に誰かが立っていた。
 親しげに話す様子を見て、いつも連れている黒服たちのようなモブとは違うようだと感じた。が、取引相手ではないだろう。腰にエプロンを巻いているところを見ると、店の従業員だ。
 そいつは椅子を引いて、おっさんはそこに座った。続いてそいつはおっさんに反対側にある椅子を引き、俺に座るよう促した。
 座るとおっさんは黒服全員を下がらせた。
 残ったのは俺とおっさんと従業員のおにーさん。

「こいつはウチの元料理長だ。」
 おっさんに紹介されるとおにーさんはお辞儀して「カナタです」と名乗って微笑んだ。ひょろりと伸びた上背にハンチングを被って微笑む彼は一般的に美形に分類される面だ。

「ブラックくんだよね、オーナーから聞いているよ」
「どうも……ねえ、オーナーって誰?そんな人に会った覚えないけど」
「俺だが」
「………は?あんたレストラン経営まで手出してんのかよ」
「まあな、カナタは今日はお前のために呼び返した。」
「そうなんだよね、俺今はカントー暮らしなんだよね。誰かに売られたせいで。」

 言いながらちらりとおっさんに視線をやったってことはその誰かはおっさんだろう。というか、そんな事するような奴はおっさんしかいない。


「苦労しているんだね、キミ」
「ハハハ、一回り近く年の離れた子に同情されるなんてね。
 まあ、ゆっくりしていってね」

 そう言うとカナタは俺達の前に前菜を置いて厨房へと消えていった。
 目の前に置かれたのは帆立て貝のカルパッチョだそうで。綺麗に盛りつけられたそれはおっさんに連れられて訪れたどのレストランよりも味、見た目の双方で優っていた。 フルコースも続き、スープ、魚料理、ソルベ、肉料理、サラダ、デザートに舌鼓を打つ。
 その間他愛もない話に興じた。元気か、とか最近どうだ、とか…アンタは俺の父親か。俺はそんな話より目の前のフォンダンショコラに集中したいんだ。


 それはそうと、そろそろ本題に入ってもらいたい。フルーツのモモンを食べ終え、最後の珈琲にミルクを入れながらちらりとおっさんを見遣った。

「そーいえばなんで俺呼ばれた訳?取引じゃないの。」

 いい加減呼ばれた理由が気になって尋ねた。

「俺がいつそんな事言ったか?」
「……言ってない。じゃあなんで。」
「わからないのか」

 少し思考を巡らせてみても答えは見つからない。

「わからないから聞いてるんだけど」
「…お前、自分の誕生日すら解らない阿呆だったのか。」

 たんじょうび……?

「……!すっかり忘れてた。」

 というかこのおっさんがそんなことを祝うなんて思いも寄らなかった。

「まさか祝う為にレストランに連れて来られるなんて思わなかった。」
「拉致らなかっただけ有り難く思え。」
「拉致されたら余計に祝われるなんて思えねえよ。」

 くつくつと笑いながらおっさんは珈琲カップを傾けた。カップから口を離すと黒服を呼んで何かを持って来させた。
 それはアタッシェケースで、おっさんから渡された。

「何これ?」
「中見てみろ。」

 開けてみると並んでたのは銃とナイフとバースデイカード。誕生日プレゼントとして銃とナイフを受け取ると改めて裏の世界に片足どころか全身突っ込んでいるんだなと実感した。カードはおっさんが「誕生日おめでとう」なんて言う柄じゃないから形だけでも付けたんだろう。ついにやりとしてしまう。

「……ふうん、貰っとくよ。」
「なんだニヤニヤして、そんなに嬉しかったか。」
「まあ、そんなとこ。」

 そんなこんなでおっさんとの食事は終わった。
 また夜に来いと言われたのでそれまで適当に時間を潰そうと思っていたけど、カナタに買物に誘われた。その時の奴の掛け合いというか値切り方が酷くアレだった。アレというのは、まあ、察してくれ。特筆したくない。
 もう奴のことは守銭奴と呼ぶ。


 別れ際に守銭奴からクッキーやマドレーヌなんかが入った菓子の詰め合わせをプレゼントだと言って渡された。
 同時にポケットにカントー・ジョウトで使われるポケギアっていう連絡ツールの奴の電話番号がかかれたメモが捩込まれたがこれに気付いたのは家に着いた頃だった。逆スリにあった訳だけど、何故奴にそんな能力があったんだ。 守銭奴との件はこれくらいにして。


 その夜。
 執務室ではなくおっさんの部屋に呼ばれた。
 鬱陶しい黒服は当然おらず、彼はベッドに腰掛けて煙草を吸っていた。
 呼ばれた時点でわかってはいたけど、そういうことだろう。

「煙草吹かしてる限り、俺そこに行かないから。」
「そうかそうか。」

 俺の言葉なんてなんのその。おっさんは最後まで吹かすのか……と思ったけれど直ぐに揉み消した。

「消したから早く来い、ブラック。」
「珍し。」
「誕生日くらい希望に沿ってやろうと思ってな。」
「あっそ。」

 まだ煙草の残り香は残っていたけど近寄っていき、おっさんの隣に腰掛けた。
 途端、変わる視界。薄暗い天井を背景にギルが映り込んだ。
 俺は一瞬だけ驚いて目を見開くが、こんなことよくあることだ。

「誕生日なのは俺なのにギルの方ががっついてない?」

 そう文句をたらして相手を押し返そうとすれば俺の腕は汚れひとつないシーツへと縫い付けられた。力では勝てないのはわかりきっているが抵抗も何もせずに素直に押し倒されるのはなんか悔しい。

「別に普段と変わらないだろ。」
「まあね。」

 俺の頭にギルの腕が伸びてきて軽く口付ける。最初、触れるだけだったそれは直ぐに貪るような深いものへと化していき俺の思考を掻き乱した。
 俺の手を押さえていた腕はいつの間にかつうっと俺の腰をなぞっていて俺はつい身を震わせた。その腕は段々と俺の服の下へ入っていき身体をまさぐる。
 押し寄せる快感の波に視界が霞む。


 ぼやけた意識で思う事がある。
 おっさんとのセックスは何て言うか、満たされる。二人の間に愛があるって訳ではない。愛が心を満たすなんて思ってすらいない。
 あと何も考えさせなくしてくれる。
 そんなところが好きだった。だった。


 そう、過去形。
 なんでか最近は目の前のそれに集中しきれない。どうしても最中に脳裡を掠めるもの。
 イッシュの英雄の片割れが、あの日俺の前から消えていった若草色の髪のあいつが、俺の頭の中で柔らかな笑みを浮かべていた。


満たされる程に拍車がかかる無意識の寂しさ






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