蒼狼アルミナイズ | ナノ

拝啓、欲望の街から









「――――――つー訳で。暫く此処には来ないから」
「お前、そういえば図鑑所有者だったな…」
「健忘症?もう年なんじゃない、くたばれ耄碌ジジイ」




空はくすんだ灰色で、

街の霧は深い。




俺はライモンシティの先にあるブラックシティに来ていた。



チャンピオンの座を下りて悠々自適な引きこもり生活を送っていた俺を見かねたアララギおねーさんが俺に頼んだのは、カントーのオーキド博士とやらのとこまでイッシュの図鑑データを届けることだった。

もともと手持ちと少数の控え以外のポケモンを捕獲してなかった俺と違って、チェレンがしっかり全種コンプしていたらしい。律儀な奴だ。ついでにちゃっかりデータを俺の方にも入れて貰ってからおねーさんの依頼を受けた。
データを届けた後は自由にして良いと言うことだったので、気晴らしにカントー…ついでに隣のジョウトのジムやリーグでも強襲しようかと思ってる。

そして、どこからか俺のカントー行きを聞き付けたらしい国際警察のストーカー野郎ことハンサムにΝの捜索を頼まれた。旅のついで程度で良いとか言われたから一応頷いたけど――――まあ、見つけたところで国際警察に身柄を引き渡すつもりなんざない。

一応長旅になるだろうってことで各街のぶっ飛んだ知り合い共(主にジムリーダーだけど)に挨拶だけして、最後にやってきたのがここだった。



ブラックシティ。

真ん中にドでかい闇市を持つ、ヒウンと並ぶイッシュの大消費地かつ一番治安の悪い街。

俺はチャンピオンになってから初めてこの街に足を踏み入れて、それ以来良く来るようになった。チェレンとかベルはあんまり行くなってうっさいけど、いっそ清々しいほど欲望を大っぴらにしてるこの街の住人の間にいるのは案外気分が楽だ。もともと比較的歪み擦れた性格の人間だから居心地が良いのかもしれない。

ポケモン売買すら悠々と行われるこの街で、ふらりふらりと気が向いたときに密売人を潰したりすることもある。その中で出会ったポケモンもいて、彼らの望むままに片っ端からバトルを吹っ掛けて組織を潰していたらある日黒服の男に闇市に連れていかれた。

商売邪魔すんじゃねえ糞餓鬼!とか言われたら闇市潰して良いかな、俺の脳内裁判で満場一致で可決、よし潰そう―――とか考えてたら、目の前に現れたのは中々威圧感が半端無い……多分、30代後半から40代前半の美形の男。名前はギルバートと言った。帽子を深く被り年代物のライターを指先で弄る姿は完全にマフィアか何かのボスだったのを覚えている。
そして言われたのは、というか渡されたのは札束。意味分かんなくて説明を求めると、おっさんは(本人の前でこう呼ぶと殴られる)こう説明した。要は売買は市の中だけで許されている行為で、外で売ってる連中は謂わば街の違反者だったらしい。意図せずともそいつらをぶちのめした形になった俺に報酬を、という話だった。
後は余談だが、俺が八つ当たりのように売人を潰す姿を見て興味を持ったとか。なら拉致るみたいな形で人を運ぶなって話だ。
脇を抱えられて運ばれながら、俺はあのトモダチ宗教集団の黒い三人組を連想してしまった。

それからちょくちょくおっさんに会うようになって、実は闇市のオーナー(というか街のドン)だったおっさんを俺はギルって呼んだ。
ポケモンは強いくせに腕っぷしはからきしな俺を笑ったおっさんに殺意が沸いて現金報酬の代わりに体術やらを教わることになったりもして(今思うと犯罪集団にあんな丸腰で向かっていった自分がおぞましい)、俺はこの薄暗い街と中々上手くやっている。



「行くのは何処だ?」
「カントー。あんた行った事あるんじゃないの、ポケモンの生態系とか全然違うらしいけど」
「カントーか………丁度良い。少し頼まれろ」

いつの間にかVIP扱いになっていて(明らかにカタギじゃない人間の出入りするここのVIPってのは何か複雑な気分だ)、いつもギルの執務室に通される。俺はそこでギルにカントー行きを態々伝えに来たんだけど。

「何?」
「手紙を届けて貰いたい。郵便を無闇に使って国際警察に嗅ぎ付けられると厄介だからな」
「元チャンピオンに犯罪の臭いがする手紙を託すか普通。面倒だ断る他を当たれ」
「てめえも似たようなもんだろ?A級指名手配のプラズマ団トップを国際警察から掠め取ろうっつーんだからな」
「無視かクソ爺。つーか俺あんたにそれ話したっけ」
「………お前、どうでもいいとこで抜けてるな」

うっさいなおっさん。
がたがたと机の引き出しを漁るギルに冷たい視線を送るが、何処吹く風で見向きもしない。それでも漸く手紙を見つけ出したらしく俺の座ってるソファーにそれを投げた。

「チッ、拒否権無しかよ………んで、誰宛?何処の奴」
「多分カントーにいる」
「アっバウト―………」
「そこに名前は書いてあるだろう?何とかして見つけ出せ。」
「げえぇ……ま、全部回るつもりだったし……でも面倒臭いな……」

人に頼むにしては余りにも不確定要素が多すぎるだろ。
嫌そうに宛名をちらりと見てバッグにしまう俺を確認してから、ギルは煙草を吹かし始めた。


「……オイ、副流煙」
「何を今更。慣れただろ?」
「煙草の害に慣れたもクソもねえよ。俺の肺の為に今すぐ消せ、もしくはあんたが消えろ」


まあ何言っても無駄なんだけど。既に学習してる俺は自分のポケモン図鑑を取り出して適当に眺め始める。
綺麗に埋まってるそれは良い暇潰しになる。
煙草が終わったら久々に稽古でもつけて貰おうかと考えながら図鑑をつっつく。すると「そうだ」とか言う声と共にまた机ががたがたと音を立て、何だと視線を遣ると銀色の小さめのアタッシェケースが出てきた。
流石に投げるわけにはいかなかったのか今度はちゃんと目の前の机に置く。


「何これ」


札束とか出てきそうで嫌なんだけど。そう軽口を叩くけど、この流れでほんとにアタッシェケース一杯の現金が出てきたことがあるから強ち冗談でもない。


「その手紙の配達料だ。くれてやる」


その声にパチンとロックを外して中を開く。

ケースの中に横たわっていたのは漆黒の銃身だった。


「………………ベレッタか」


若干混乱しながら思ったままのことを言うと、くつくつと笑ってギルは更に2つ程何かを投げてきた。


「そいつもだ」


長めのグルカナイフ。見ただけで切れ味の良さが窺い知れ、俺はひゅうっと口笛を吹いた。


「心配しなくても金属探知機には引っ掛からねえし、荷物検査も通過する」
「別に心配してねえし」


そんな心配すんのは表の人間として間違っちゃいないか。
そんな突っ込みが頭を占めると同時に、俺は少し引っ掛かることがあって黙り込んだ。


………………おいおい、まさか。


「…………ギル、あんたもしかしなくても俺のカントー行き知ってた?」
「さあな」
「はぐらかしてんじゃねえよ明らかに前準備しないと無理だろこんなの取って付けた様に用意しやがって!」


そう、そうだ。
イッシュにいるなら金属探知機も荷物検査も心配する必要ないし、普通の銃とナイフなら去年の誕生日に直々にプレゼントされた。こんな危ねーもん要るかって突っ込んだのを覚えてるし間違いない………結局受け取ったけど。


「………謀ったな」


つまり、もともと手紙を俺に押し付けるつもり満々だったと。


「人聞きの悪いことを。使えるものは最大限使うのが常識だろうが」
「認めてんじゃねえか!!」


叫んだら鼻で笑われた。殺してやろうかこのおっさん。
………全く食えない男だ。俺はいつまで経ってもこいつの裏を掻くことだけは無理な気がする。すっかり気分が萎えたからアタッシュケースを掴んで、(普通にこの報酬はありがたいし)ポケモン図鑑を自分のバッグに突っ込み立ち上がった。


「行くのか?」
「神経逆撫でされたからな」
「ま、精々ガキはガキなりに出来ることをしてこい」


最後の最後で雰囲気和らげてらしくない事を言うギルに、変なものでも食べたのかと思いながらそのまま部屋のドアに手をかける。


あぁ、そうだ。










「なあ、この『サカキ』って何してる人?」
「ロケット団のボスだ」





マジかよ。










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