狼腹の中より
ゴルバットの怪我が癒え、先の一件の結果随分とグロテスクなことになっていた俺の腕が問題なく動くようになってからニビを出た。
当初の予定より大分長い滞在になったが、療養ついでに旅の備品やボールも買い足したので悪くはなかったかもしれない。その割に重さの変わらない財布と(無駄に現金は持ち歩かない主義だ)充実したデイバックと共にポケモンセンターを出発し、オツキミ山に再び向かう。
「ギィ」
「大丈夫だよ。そんなに貧弱に見えるかな」
あっちへふらふら、こっちへふらふら。
ゴルバットは俺の頭上を飛び回っている。気遣わしげに俺の腕を気にしている様だが、若干皮膚が引きつって違和感がある程度の怪我をここまで気にされると居た堪れない。
袖の下から覗く白い包帯を、軽くインナーを引っ張って隠した。
あらためて見るオツキミ山は何処か物静かで、人がいないと昼間だと言うのにここまで閑散とするものだろうかと独り言ちる。夜は夜でポケモンがうるさいらしいが今の時間帯はそれすらもない。
人間の時間には、用がないのだろう。
「ゴルバット。ボールに入る?」
「ギ」
「……まあ嫌なら良いけど」
自分がぶっ倒れた場所よりボールの中の方が嫌か。
そう言えばあの子もそんな時期があった様な、とイッシュを旅していた頃出会った一匹を思い出す。今では随分と落ち着いているが、うちに来た当初は見る人来る人威嚇するわ技打つわ大変だった。
ゴルバットを撫でながら洞窟に入る。普通にハナダ方面に行くにはほぼ一本道で、頂上へ立ち寄る必要も無いらしかった。
特筆するべきことも特に無いまま一時間弱で向かいの道路に出る。久々の日の光が目に痛い。
「眩しい……」
眉を潜めながらじとりと太陽を睨む。俺が八つ当たりじみたそんなことをしていると、腰のあたりからぱしゅ、という乾いた音が鳴った。
「……何」
「トノ。」
自由に外に出られる様にしているのは俺だが、この渦巻カエルがいきなり飛び出してきた意味がわからない。
数瞬俺と見つめあったかと思えば、徐に自分の腹を叩く。
ぽよん。情けない効果音だな。
そのジェスチャーに、俺はポケギアを取り出して時間を確認した。
十一時五十分。
成る程、昼食を寄越せと。
小さい図体をして意外と食い意地が張っているのを知ったのは入院生活の中だった。
とりあえずデイパックの中からレジャーシートを取り出してばっと広げる。後はアルミ製の皿をミネラルウォーターですすぎ洗いして五つ並べーーうち二つは少し大きめだ。腰のモンスターボールを無造作に放り投げてエイドとお嬢を出す。辺りに人間の気配が無いのを確認してからシュラウドのボールを放った。久々に外に出た白龍は首を伸ばしてご機嫌そうである。
四つにポケモンフーズを豪快に流し込んで、ゴルバットの皿にはいくつかの木の実を置いた。
「さ、昼食の時間だよ」
俺の言葉を皮切りにして古参三匹と渦巻カエルは迷いなく皿に頭をつっこんだ。いや待てお前ら。お嬢とシュラウドはともかくミカゲとエイドは手で食えよ。
……結局俺自身の昼食の準備が出来るまで食べるのを待っていたのはゴルバットだけだった。良い子だと褒めるとくるくる嬉しそうに回ってニコニコしている。ああこの子は良い嫁になるだろうオスだけど。最近愛しくてしょうがない。
空腹を満たして若干くつろいでいたシュラウドが、少し目を細めてボールに自分から入って行ったのはそれから一時間ほど後だった。人間の気配を察するとシュラウドは俺が何も言わなくてもボールに入って行く。
ハナダ方面から現れたブリーダーの男と一戦交え軽く腹ごなし。一ヶ月で完全に俺の指示に慣れたらしいミカゲは、指示によくわからないアレンジを加えて相手が怯むのを楽しんでいる。こいつもなんだかんだ言って好戦的な部類に入るか。
「……………」
そんなミカゲを、ゴルバットがじっと見つめていた。
***
「………ハナダの岬?」
『ええ。恋人と行くスポットとしてとても有名なのよ。写真よろしくー!』
「女いない俺にんな場所行けと」
『えー、ナンパしなよ。ブラックなら選り取り見取りでしょ?昔からおとなのおねえさん達にすっごいモテてたじゃない』
「好きでそうなってた訳じゃねえし」
ハナダに着いて。
ポケモンセンターに荷物を下ろし部屋をとって、俺はイッシュのアララギ研究所にTV電話を繋いだ。
ある程度経ったら一度連絡を寄越せとチェレンに口を酸っぱくして言われていたからだ。お前は母親か。
いきなり繋げたせいか(番号は事前に聞いてはいた)たまたま研究所にいたらしいチェレンは、後ろから声を掛けたら滑稽な奇声を上げて飛び上がった。非常に愉快である。
ぶつぶつ文句を言うチェレンからベルに変わると、伊達眼鏡越しにハナダの観光名所を説明して来た。
『いいじゃない、クロノちゃんとかも行きたいよきっと!女の子なら憧れるなあ』
「女じゃねえから知らね。………あーもう、ベルが余計なこと言うからエイドの目が輝いてんじゃん」
俺の隣にちょこんと座ったエイドはすでに頭が岬に旅立っている。おい花飛んでるぞ。あとゴルバット、キミオスだろ。エイドの上でそわそわすんな畜生可愛い。
適当に話をして通信を切ると、エイドの隣にお嬢が増えていた。
「……………。」
………だからその目やめろって。俺が断れないの分かってんだろ。
俺はため息を吐いて、黙ってパソコンの預かりシステムを呼び出した。んなくだらねえ事で連れ出したくないが仕方ない。全部ベルが悪いんだ許せ、あと俺は絶対一人で行きたくねえ。
「悪いけど付き合ってね、
ーーーーーーーベリアル」
事情を知らない筈の漆黒の麗獣は、俺の顔を見るなり何とも言えない表情をしてみせた。
***
「ん……何度見ても美人だよね」
「??」
ハナダを北に抜けて東へ向かう道の途中。
俺は自分の隣で不思議そうに首を傾げる黒髪の少女をまじまじと見つめた。
「悪いね。お嬢とエイドが行きたいって言うから」
「(ふるふる)」
声を出さずに首を振る。まあ声まで『ヒト』に擬態は出来ないから必然的にそうなるんだけど、さっきから道のトレーナーからの視線がうざい。っていうかこれだけトレーナーいるんなら別に一人でも大丈夫だったんじゃないかと思ったのは数秒前だったりする。
ーーーベリアル。二軍の攻撃担当のゾロアークだ。
ギルバートのおっさんがゾロアの頃に拾って来た、腹に大きな傷跡があるうちの人間嫌いその一。特技は勿論イリュージョンで、よく人間に化けては俺の手伝いをかって出る。
そして間違いの無い様に言っておこう。
オスだ。
いつもは男に化けるところを俺が指定して女にした訳だが、成程どうして違和感が無い。ワインレッドのワンピースに白いボレロの少女がオス。…………まあ、隣を歩く分には申し分ないけれど。
「ハァ………さっさと行ってさっさと帰るからね」
道の終着が見え始めた所でそう呟けば、腰のボールがカタカタ揺れる。
道の脇に小さな家が見え(よくこんなとこに住めるな)、視界が開けてくる。良い具合に傾いた夕日が辺りを赤く染め上げていた。
夕暮れ時のカノコによく似た景色。海の近いカノコは、夕日が水面に反射して町を赤一色に染め上げる。
懐かしい、色だ。
チェレンとベル、そして俺。
それぞれの家に帰る途中、見えた鮮烈な赤。
目を細めてらしくもない感慨に耽ると、主張の激しいボールを放る。エイドを出せばなんだかんだ次々と震えた為、最終的にはシュラウド以外の全てのボールを放る羽目になった。
俺を追い抜いて岬の先へと駆けてゆく彼らを若干呆れながら見つめる。ベリアルは小さく苦笑いをした。
ゴルバットが俺の頭の上にふわりと着地すると、 俺も彼らに続いてゆっくり歩きだした。
すると、少し高めの女の声が聞こえる。
『かーわいい!!あなたトレーナーは?』
「…?誰かいるのかな」
「グルル」
俺の疑問を肯定するようにベリアルが小さく唸る。
ゴルバットが若干動揺したのが分かったので軽く撫でれば何とか落ち着いた様子だった。
岬の先が見えるようなところまで来ると、声の主が見える。
エイドとミカゲが周りでくるくる回っているところを見ると警戒するような人物ではなさそうだ。
こちらに気付いたお嬢が、俺の方を向いてキュイ、と鳴く。それでその声の主は俺の方を向いて。
岬の夕焼けのような橙の髪が小さく揺れた。
「あなたがこの子達のトレーナー?(すっごいイケメン!!)」
悪寒がした。
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