蒼狼アルミナイズ | ナノ

やさしいひと




「どうしたの。食欲ない?」
「ギィィイ……」
「おかしいな……これで味全部だよね、エイド」
「きゅー」


目の前のココア色をした彼は、色取り取りのお菓子を摘まんで不思議そうに首を傾げた。








【ーーーキミを、トレーナーの元まで送り届けよう】


そう言ってオレを優しく抱き上げたヒト。
ブラックと名乗った男の人は、見たことのないポケモンをたくさん連れていた。

怪我をしていたオレはまだポケモンセンターのベッドの上で休んでる。ブラックさんはベッドの隣にイスを置いて座って、ずっとオレについていてくれた。
彼の手持ちは初めの頃はみんなオレのベッドの周りに居たけど、最近はブラックさんが煩いって言って追い出してしまう。オレは賑やかで楽しいし別に良いんだけど(エイドさんは優しいしミカゲくんは癒しだし、クロノお姉さんはかっこいいし)、ブラックさんの言葉がオレを気遣っている言葉だと分かっているから少しくすぐったい。

【……別に、あの子達いると煩いし。外に出るのが億劫なだけだよ】

オレがじっと見るといつもそう言うけど、言い続けて一週間とちょっと。流石に無理があるかなぁ。

そんな風に一日中オレの側に居てくれるブラックさんは、オレがまだ少し不安なのを分かってくれてるみたいだった。ポケモンセンターのお姉さんに触られるときに思わず手を翼で振り払ってしまって(いたいのはいや、いや、いやだテツヤくんいがいのいたいのはいやいやいや)、迷惑をかけたのに殴らないで何も言わずに(仏頂面だけど)頭を撫でてくれる。

そんな彼が、病室から出られるようになったオレを連れてきてくれたのはセンターの中にある食べ物屋さんだった。







「まだ食べられないのか?」
「いや、そんなこと無いはずだけど」
『ゴルくん、何味が好きですか?』

『……えーと…』

ブラックさんとエイドさんとレストランに来ると、何だかつんつんした髪型の人がこっちに手を振っていて、ブラックさんがその人の方に向かった。
知り合いなのかなぁとブラックさんの腕の中で首を傾げると、その人はオレに向かってにかっと笑った。良い人そうだ。
グリーンと名乗ったその人はお土産だと言って美味しそうな匂いのするお菓子をオレとエイドさんの前に出した。

『しぶいのが好きなんです。でも』
『?でも、どうしました?美味しいですよ〜コレ』

遠い地方のポケモン用のお菓子なんですって、とエイドさんはもぐもぐと口を動かす。オレに青色のお菓子を取って渡してくれた。

『オレが、貰っていいのかな?』
『良いに決まってるじゃないですか!あ、でもクー姉様とミカゲくんとしゅーさんにも残しておきましょうね!』
『……しゅーさん?』
『あれ、会ったことありませんでしたか。しゅーさんはレシラムという種族の真っ白い大きなドラゴンです!クロスフレイムとかすっごいんですよ!ルーギスくんより少し大きいくらいで』

こーんなに、とエイドさんが、しゅーさん?の大きさを腕で示してくれた。実際はもっともっと大きいらしい。
あとまたルーギスっていう知らない名前が出てきたけど、堂々巡りになりそうだったから聞くのはやめた。

おずおずと食べ始めたオレを見て、ブラックさんは俺の頭を一回だけ撫でてグリーンさんと話し出す。


……どうして、みんなこんなに優しくしてくれるんだろう。
オレはブラックさんのポケモンじゃないし、ただの居候なのに。


『ゴルくんってとっても謙虚ですよねえ。もっと自己主張しても良いと思いますよ?』
『え?….で、でもそれは"いけないこと"だから』
『いけないことって………』
『うん。テツヤくんが決めたことだよ、テツヤくんは優しいんだ。いけないことをしなければ殴ったりしないし』
『それは…いえ、トレーナーとポケモンの関係なんて私が口を出すことじゃないですけど…ゴルくん、そのテツヤさんのことお好きですか?』
『?もちろん』

変な事を聞くエイドさん。
テツヤくんが好きかって、当たり前なのに。

エイドさんはその話題をそれきりにして、ニコリと笑ってブラックさんの話を始めた。





***




「……で、肋は」
「あー、歩けるくらいには回復したぜ。運動はまだダメだってさ」
「当たり前でしょ」

ブラックさんはため息をついてじとーっとグリーンさんを見る。

『ブラック様は素直じゃないですねえ。心配してたんだっておっしゃれば良いのに』
「何かエイドの視線が腹立つ」

グリーンさんの隣に座っているエイドさんの頬っぺたをブラックさんがぎゅむーと引っ張った。

『にゅー!!いひゃい!いひゃいれす!』
「じゃあんな目で見んなよ……」
「おいゼロ、エイドちゃん痛がってんぞ」
「痛くしてるからね」

凄い…ブラックさん、まるでエイドさんの言葉がわかるみたいだった。エイドさんからぱっと手を離したブラックさんは、隣のオレを抱きかかえて頭を撫でた。涙目のエイドさんは両手で頬っぺたをむぎゅむぎゅしてる。痛かったんだなぁ……オレはブラックさんの手が気持ち良くて少し右目を細めた。

「その後の経過は?」
「ああ。タケシがポケモン総会に連絡したよ、今はとりあえず各町のジムリーダー達に警戒するよう指導してる……ただ、総会自体がまだ半信半疑の状態だな。あの後オツキミ山に行っても何一つ残ってなかった訳だし」
「ここの当局使えねえな」
「イッシュではどうなんだ?」
「ジムリーダーが徹底的に潰すか、そうじゃなきゃシマの担当者が《処理》する」
「は?」
「…忘れろ(余計なこと言ったな)」

ブラックさんが小さく舌打ちする。グリーンさんは首をかしげたけど、追及しないで「まあ良いけど」と飲み物をあおった。

「正直、総会なんて当てにしてらんないんだよな。ただの威張りくさってるおっさん共の巣窟だし……まともに仕事してんのとか、ジムのおっちゃんくらいだろ」
「おっちゃん……?あぁ、おいしいみずの」
「え、イッシュだとおいしいみずくれんの?いーなぁ」
「……そういやクチバでもニビでもくれなかったな……口汚れてるよ。ポフィン美味しかった?」
「ギ」

ブラックさんがオレの口をナフキンで拭く。膝の上で大人しく拭かれていると、「キミは大人しくて良いね」とまた撫でられた。

『ブラック様、私も!』
「剣山にしてもらえ」
「ん?あー、よしエイドちゃん、俺が拭いてやるよ」
『ブラック様!』
「ははっ、剣山嫌がられてんの。ざまあ」
『グリーンさんが嫌なんじゃなくてブラック様がいいんですよぅ』









ブラックさんは、優しい。


結局エイドさんの口も拭いてあげて(まあ悪態付きながらだけど)、外で遊んでいたミカゲくんやクロノお姉さんにお菓子を持って行ってあげて、ベンチで彼らを見ながらグリーンさんと話をする。

その間オレをずっと抱きしめて撫でていてくれた。

グリーンさんがオレを撫でようとして、思わず翼で手をはたいてしまって、殴られると思ったのにブラックさんは抱きしめてくれて。
開かない左目に向けられた好奇の視線に身動ぎをすれば、上着の中に入れてくれて。
ボールに入って、また出された時に違う人に奪われるのが怖くてボールに入りたがらないオレを黙ってそのまま外に居させてくれた。

暖かい日差しにウトウトしながら、ブラックさんの膝の上。
あったかい。
こころも、あったかい。



優しい、優しい。
こんなに優しいヒト、初めてだ。




……………初めて。








……………《ハジメテ》?


「お嬢、あんまりミカゲ遠くに飛ばさないでよ」
『…ちがう』



びくりと体を震わせた。



「お前らも遊んできて良いぞ、ピジョット、ウィンディ、イーブイ!」
「あれ、キミもウィンディ持ってるの」
「ああ!ゼロも持ってるのか」





ちがう。

ちがう、ちがうんだテツヤくん。






ちがうちがうちがうちがうんだよ君が一番ヤサしくてオレは君が大好きで大好きじゃなきゃいけなくてほらこの左目だって君を護る為にギセイにして開かなくなったって別に良くて殴るのはオレがイケナイコトをした時だけで君に褒めて欲しくて君の為に苦いクスリだって変な飲み物だって沢山のんでだからだからだからねえそんなそんなつまんないモノを見るような目でオレをオレをオレをオレをーーーーーーー


「……ゴルバット?」
『あああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
「!!!」


オレを覗き込むブラックさん。

ブラックさん?
テツヤくん?
ブラックさん?
ブラックさん?
テツヤくん?


視界がぼやける。
左目が疼く。
頭が痛い。
頭が痛い。
頭が痛い。
頭が痛い。


「どうしたの!ねぇ、ゴルバット!!」


冷たい目。
暖かい目。
暖かい目。
冷たい目。
冷たい目。

暖かい、目ーーーーーー?


いや。

いやだ。

いやだ!!!!


目の前の腕に噛み付いた。
何度も何度も噛み付いた。
血の味が口に広がる。
赤い腕に噛み付いた。


涙があふれる。
頭が痛い。
瞳が熱い。

傷が、疼く。
左目の傷が、酷く熱い。


「おいゼロ!お前腕が!」
「黙ってろ!
ゴルバット、ゴルバット、聞こえるか?……エイドでも剣山でも良い、ジョーイ呼んで来い!ミカゲ、さいみんじゅつ!」
『がってん旦那』



誰かの声が聞こえて。
誰かの足音が聞こえて。
誰かの体温を感じて。





そうして、意識が遠くなった。








(ブラック、さん?)

(テツヤ、くん?)








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