蒼狼アルミナイズ | ナノ

悪の牙






どうやら拾ったコウモリはゴルバットという種族のポケモンらしかった。


「へぇ…毒に飛行か。使い勝手は悪くなさそうだね」

ぱたんと図鑑を閉じて、腰に付けた一つ増えたボールを撫でる。とりあえずポケモンセンターに連れていかなきゃならないか。

お嬢をボールに戻してエイドを連れて洞窟の奥を見遣る。黒タイツがあちこちに死屍累々としているのを視界の隅に入れながら、ともすれば躓きそうな岩の道を足場を選んで進んだ。

「さて。どうしようか」

何かわりかし重要なことを忘れている気がする。
洞窟をうろうろし続ける俺に痺れを切らしたのか、エイドが一鳴きして一点を指差した。

……上へ登る道。

「……あー……そうか。剣山……」
「きゅーう」
「…そんな目で見ないでよ、仕方ないじゃない。ゴルバットの一件もあったし」
「きゅう!」
「……短時間にずいぶん親交を深めたみたいだね」

どうやら剣山が心配らしいエイドは、俺のバッグをぐいぐいと引っ張って上へ向かう道へと促す。特に逆らう理由もないしそれに従えば、暫く経つと開けた場所に出た。
目の前には階段と呼べなくもない上への道。

「ここを上がれば良いか」

他の所を見ても上には行けそうにない。
上に進むに連れて高度も上がり、道にはちらほらと剣山に伸された黒タイツが転がっている。目の前に転がっていれば容赦なく蹴り退かして、砂埃の煙る頂上の辺りを目指した。

「きゅう!」
「ん……そうだね。この空気の荒れ方は…少し異常かな」

空気が、乱れている。
人の動いた後に残る、独特の騒然としたそれは戦闘の跡を色濃く残していた。

エイドが身構える。
上に進むにつれて空気が砂混じりになっていって、この先何かしらの動きがあることを予感させた。

「……何か見えたら草結び。いいね?」
「きゅっ」
「いい子だ」

とりあえずは剣山と合流かな。なるべく大声を出すのは避けたいけど仕方ない。この砂煙の多さだと頂上を見渡すのは不可能だ。

「おい、剣山!いるなら返事ぐらいしろよ!…ったく」

ばりばりと頭を掻くのは悪い癖。そして集中している時の癖でもある。
目を閉じて耳だけに神経を集中すると、左手四十五度の方向から絞り出すような叫びが聞こえて来た。

『こっちだゼロ!』
「ーーーーーいた」

そう遠くない。
躊躇わずに剣山の声が聞こえた方角に走り出せばエイドがその後に続く。


『ーーー…ャドーボール!』

だが少し影が見えたかというところで、視界の隅にちらりと漆黒の気配がしてーーーーーー

「ーーエイド!」
「きゅ!」

エイドが咄嗟に俺の前に出る。ノーマルタイプのタブンネにシャドーボールは効かない。
だがエイドに当たる寸前の地面に落ちた闇の塊は地面を砕き、ただでさえ悪かった視界は完全に塞がれた。

『ーじゃあまたね』

「待てーー草結び!」


遅いと分かっていたが指示を飛ばす。
指示と被って聞こえた声は剣山のものではなかった。

「(……今の声、何処かで………?)」

砂埃の向こうにかすかに見えた影。
目を凝らす前に消えてしまったが、大きさから大体見積もって大人の男だろうか。

視界の悪さもあいまってやはり技を外したエイドが申し訳なさそうに鳴く。それを頭を撫でて労わり、新しくミカゲをボールから出した。

「ミカゲ。あまごい」
「トノー」

土煙が自然に消えるまで待って居られない。
強制的に雨で埃を抑えると、前方8mの辺りに剣山が腕で肩を抱えるようにうずくまっていた。

「ありがと、戻っていいよ。
ーーーで、キミは生きてる?」
「……なんとか、な」

げほごほと咳をする剣山は、その度に顔をしかめた。

「っ………ぐ、」
「……………見せろ」

剣山を仰向けにひっくり返して胸の辺りを指で押しながら辿る。
剣山が顔をしかめる場所を見つけて、二三質問をすれば若干吐き気があるらしいからおそらく肋が折れるか罅でも入ってるんだろう。

「こんなになるまで一体どんな馬鹿をやらかした訳?」
「やらかしたのは俺じゃねえよ……っ、ぐ」

剣山の動きと口調がぎこちない。初めは肋のせいかと思ったが、挙動を見ている限り違うみたいだ。

「……ねぇ、他にも何かされたでしょ。洗いざらい吐け」
「ほ、か?」
「さっきいた奴に、他に何されたの」
「……あー……バトル、して、途中でみねうち、と、でんじは、食らった」
「(確実にでんじはの影響だな)」


人がポケモンの技で状態異常になったら、基本的な対処は木の実だ。だけど正直なところ、甘い木の実以外は食えたもんじゃない。硬いのもあるし、正直確実性には欠ける。

俺はカバンから小さなケースを取り出して、一枚の錠剤シートを出した。
一つ剣山に差し出すと、奴は不思議そうな顔をする。

「………木の実じゃない…のか?それか普通の薬……」
「キミがクソ硬い味覚障害引き起こしかねない辛さのクラボを食べたいなら止めないけど。あとポケモン用の薬が人間にも使えると思ってんなら大間違いだよ、あんなもの柔な人間にとっては毒にしかなり得ない…………噛まずに飲め。その方が回りが速い」

錠剤を受け取って大人しく飲み込むのを見てから、剣山の隣に座り込んで薬が回るのを待つ。特に話すこともなく沈黙が続いた。

あまごいで湿った空気が肺を満たす。もう雨自体は止んでるけど噎せ返るような重い湿気がじわりと纏わり付いた。
エイドは俺のとなりにちょこんと座っている。心無しか剣山の様子がおかしい気がするんだけど、

俺から言うことも無いからただ黙っていた。

剣山の視線は空へ。俺の視線はシャドーボールで抉られた地面へ。何度目かの欠伸を噛み殺したところで不意に剣山が口を開いた。

「強かった」

「…………」
「昔より、ずっと。
……俺さ、奴と戦ったことがあるんだよ。旅してた頃はロケット団とか気にしたこともなかったけど、レッドが首突っ込んでて。その時は確かシルフカンパニーってとこにレッドが突っ込んでったって聞いて、久々にレッドとバトルしようと思って俺も乗り込んだんだよ。
……あっけなかった。確かに俺が戦ったのは下っ端だけだったけど、レッドと比べたら全然弱かった。その中の一人だったんだ……ただ、使ってくるポケモンが他の奴と違う、見たことない奴ばっかだったから覚えてた……その程度の奴、だったのに」

剣山は俺を見はしなかった。
ぽつりぽつりと独り言のように口から漏れ出すそれは、俺に伝えると言うよりは自分の心の整理と言った方が正しいかもしれない。俺は無意識にエイドの頭を撫でながら耳を傾ける。

「あんな悪事をするような奴ら、ポケモンと向き合うこともないんだろうって馬鹿にしてた。だから強くなれないんだと思った。
……でもさ、あいつ、心底嬉しそうにポケモン撫でたんだよ。それに動揺したのかな、言い訳っぽいからあんまり言いたかねえけどよ」

でも、と剣山は続けた。
指で撫でたのは腰のモンスターボール。何度も何度も往復させて、奴は苦笑いしてみせた。

「ごめんな、俺のせいで怪我させて」

次は負けねえから。
そう呟いた奴に、俺は一つだけ言葉をかけた。

「……キミが今何考えてるかなんて正直どうでも良いけど」
「?」
「その子達はキミの為に戦ったんだから、謝るより先に言うことあるでしょ」
「…ああ、そうだな……
俺の為に戦ってくれて、ありがとう」

その言葉に、ボールがかたかたと揺れた。
俺は立ち上がって剣山の元へと歩く。頭をかきながら奴の目の前に座り込んで、ピジョットのボールを手に取った。

「疲れてるとこ悪いけど。キミのトレーナー運ぶのにもうひと頑張りしてくれる?」
「ゼロ………」
「分かってるよ。ちゃんと回復させてからね……さて、エイド。」
「キュウ!」

言われなくても分かっているとでも言うように、エイドは剣山に『あくび』を食らわせた。眠らせた方が運ぶ時に痛みも少ないだろうし、何より煩く無い。

「……なあ…ゼロ、一つだけ…良いか?」
「何」

いや、ふと気になったんだけど。と、早くも眠りに落ちかかっている剣山が目を瞬かせながら俺の方を向いた。




「……さっき俺にくれた…薬。
何で……あんなの、持って…た、んだ……?」


「……ああ、まあ普通あんなの要らないね」

ピジョットをボールから出して、げんきのかたまりを渡す。ピジョットは一鳴きしてそれを啄んだ。
今にも意識を指の隙間から滑り落とそうとしている剣山の頭にぽすんと右手を置いて、俺は唇の形を歪める。





最後のそれは、意識の外だっただろうか。









「なきゃやってらんないような生活、してたから」








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