片盲の君
剣山をテレキネシスで無重力タクシーして早十数分。カントーにきてからろくにバトルに出していなかったお嬢は嬉々としてその力を思う存分にふるっている。
四方八方から飛んでくる攻撃を物ともせずに一度のはっぱカッターで何匹もなぎ倒してくれるのはありがたいんだけど、早々に手持ちを倒された黒タイツが実力行使に出てきたのが厄介だった。お嬢への指示を一時棚に上げて、俺は俺で人間の相手をしながらポケモントモダチ宗教軍団のことがふと思い出された。
イッシュを走り回っていた二年前、全てがポケモンバトルだけで決着がつくと思っていた自分がどれだけ世間知らずだったのか。ポケモンを武器か何かと勘違いして利用している人間は他の道具だって同じように利用する。あの旅の間俺が幸運だったのは、そういった"実力行使"の手段を取る人間と鉢合わせなかったことだろう。
飛んでくる腕をはたいていなし、体に染み込んだ急所を的確に突けば俺より図体が大きい相手でも簡単に崩れ落ちる。ポケモンを粗方倒し終わったらしいお嬢が躊躇いなく人間に技を放ち始めたのを見て、俺はバックステップでその場から退いた。後は彼女に任せよう。
「お嬢、全部潰したら蔓で縛って。暴れられても厄介だ」
「キューイ!!」
それにしても上機嫌だ。ストレス溜まってたのかな。
ふう、と一つ息を吐いて洞窟の岩壁に寄りかかる。汗をかく程の攻防でも無かったけど、滅多にないことなのは変わりないせいか神経を使った。
右へ左へすっ飛ばされていく黒タイツを眺めていると、不意に腰のあたりをつつかれる。
「?……ああ、何だエイドか。どうかした……っていうか、ソレどうしたの」
「キュウー」
「鳴いてるだけじゃわかんないよ」
服の裾を引っ張ったのはエイドだった。そういえば途中から見なかったな。
そんなエイドが俺に差し出したのは一つの色褪せたモンスターボール。受け取るとそれには細かい傷がついていて、かすれた文字で名前が書いてあった。"テツヤ"……?それがこのボールの持ち主か。
中に入っているポケモンはコウモリのような形をしている。
「……で、これを俺にどうしろって?」
「きゅーう、きゅっきゅっ!」
「うん、何度も言うようだけど分かんないよ」
身振り手振りで説明しようとするエイドに首を振った。するとボールを俺に持たせたままずるずる黒タイツの一人を引きずってきて指を差す。
ボールとそれとを交互に示し(黒タイツを時折げしげし蹴っ)て、俺の方をじっと見た。
………………。
「……これが"テツヤ"?」
「きっきゅー!」
「違うのかよ。じゃあ一体何なのさ……」
「きゅー、きゅう」
「……ん……」
………こういう時にあの電波が居れば便利なんだけど。
生憎そう都合よくNがいる訳もなくて、俺は少し考え込んだ。
「……そいつのポケモンじゃないんだね?」
「きゅーう」
「けど、そいつが持ってたんだろ?」
「きゅっ」
どちらの質問にもエイドは頷く。そのうち黒タイツを縛り上げたお嬢がこちらに近づいて来てエイドと何やらきゅうきゅうコミュニケーションを取り始めた。
……………………………。
もし、かして。
「……ねえエイド。
この子、盗られた子なの?」
「きゅー!!!」
大正解!と言わんばかりに嬉しそうに飛び跳ねるエイドは、俺にボールを開けるように促す。
とりあえずそれに従ってボールを開くと、薄暗い洞窟に光と共に影が飛び出した。
「………!!」
ふらり、ふらりと二三羽ばたきを繰り返したかと思ったその影は、力尽きたのかいきなり力を失って墜落する。
青色の体に一対の翼。飛行タイプだろうか。閉じられた瞳は左に大きな古傷が一つ走っている。腕の中に落ちて来たそれを覗き込むと、小さく荒い息をしていた。
ーーーー麻痺?いや違う…火傷か。チーゴあったっけ……
隣から覗き込むエイドが心配そうな顔をしながら、かつ俺の表情を伺っている。全くもって、この子は策士だ。
ーーー俺が見ず知らずのポケモンの面倒を見るかどうかなんて、何もなければ確実に見ない事は分かり切ってる。俺は聖職者でも何でもないし、元来そんなに面倒見の良い性格でもない。
そんな俺にこのポケモンを保護させる方法。そう、手持ちのこの子が俺に『助けを求めた』時点で俺の方が折れなきゃならないのは確定してるわけだ。
「お嬢、カバンからチーゴの実出して。エイドはいやしのはどう」
「キュイッ」
「きゅう!」
上着を脱いでその上にポケモンを寝かせ、木の実を与える。
潰して口に流し込めば呼吸が穏やかになって、エイドの技に押されるようにしてそいつは目を開いた。左の瞼が開けられることはないのは盲いているからだろう。微かに身じろぎして俺をじっと見つめると、隣から声をかけるエイドに絆される様にゆっくりと警戒を解いていった。
「………ギィィィ……」
「無駄に鳴くな。体力消耗するよ」
「キッキュウ!」
「エイドも騒ぐな。………さて。キミに聞いておかなきゃならないことがある」
俺は意識の戻ったそのポケモンをじっと見つめる。
「キミの本当のトレーナーは"テツヤ"?」
「……ギィ…」
「キミは盗まれた、若しくは奪われたポケモン?」
「…………」
声は無かったけど、こくりと頷いたのを見て判断した。
「じゃあ、最後に一つ。
人間は嫌い?」
「………?」
何故そんな事を聞くのか、とでも言う様にポケモンは頭を傾けた。
瞳に見えるのは自分のトレーナーへの信頼。"ニンゲン"を疑いもしない純粋な光。
「ーーーーーーー(まあ、"この程度"なら大丈夫か)」
俺は傷に触れない様にそのポケモンの頭を撫でた。
「俺はブラック。うちの子がキミを拾って来た以上、面倒は見るよ。
キミを、トレーナーの元へ送り届けよう」
但し、暫くは傷が完治するまで安静にね。
そう付け足して俺を見つめる瞳に視線を合わせると、紺青の蝙蝠は柔らかい声で鳴いた。
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