アン、ドゥ、トロヮ。
あの後ミカゲを頭に乗せたままクチバに一旦戻り、遅かったのでポケセンに帰った。
一晩過ごして今日はミカゲ用にいいきずぐすりを買い、そのまま爽やかの言うように街を東に抜けると洞窟があった。看板には『ディグダの穴』と書かれていて、小さめの穴が開いている。
一本道だったその洞窟は抜けることに関しては大して苦労しなかった。余りにも迷いようのないその道のり、そして出てくるのはディグダとその進化系のダグドリオだけ。図鑑によると地面タイプだったのでミカゲの特訓にちょうどいいかとトキワへの道がてらバトルの練習を始めたーーーそこまでは良かった。水タイプのミカゲはエイドの代わりに前線に立ち難なく進めたし。
というか、難がなさ過ぎた。
ころころ回ってたのからは想像もつかないが、どうやらミカゲはなかなかバトルセンスが良い様で直ぐに指示に慣れた。それは良い。それは良いんだけど。
問題はその道すがらミカゲが進化したことだ。
少し足踏みしてバトルの練習しただけで進化するとか誰も予想してなかっただろう。
結局ニョロモとの旅は数キロで終わりを告げ、新たに進化したニョロゾとの旅が始まった。進化して図体でかくなったのに相変わらず俺の頭によじ登ろうとするので蹴り飛ばしながら前に進み(いい跳ね具合だ)、洞窟を出た時点でボールに収めた。
「…えーと、ここ何処かな」
久々の光に目を細める。
洞窟を抜けると緑に囲まれた明るい場所に出た。タウンマップを確認して現在地を調べるとトキワシティとトキワの森の中間ぐらいだった。南へ進めばいいようだ。
途中お嬢のいあいぎりもどき(まあつばめがえしとも言う)で小さな木を切り倒しながら前に進む。緑の並木に囲まれた道路は飛び出してくるポケモンもどことなく穏やかで、イッシュの一番道路を思い出しつつきょろきょろ辺りを見回した。
ずっと進んでいけばゲートの前に立て看板があり、こちらで正しいことを示している。そのままゲートに入ればそこにいた警備員が俺に挨拶してきた。
「こんにちは、旅の途中かい?」
「……ああ、まあ」
「それならトキワシティはこの先だよ。リーグとシロガネ山方面へはトキワから西に抜ける道から行ける」
「リーグ………」
リーグに近いのか。
確かセキエイリーグとか言ったか。カントーとジョウトの合同リーグであるそれは他の地方のリーグより難易度が高いらしい。イッシュに帰る前に挑戦して行こうとは思っているけど、途中何があるか分からないので前途はすこぶる多難だったりする。
ゲートを抜けたその先には、緑に包まれた穏やかな雰囲気の街があった。
「………ここが」
トキワシティ。
トキワはみどり、えいえんのいろ。
「……………ん?」
その緑の中に俺が見つけたのは、
「ぶーい」
甘ったるいチョコレート色だった。
***
グリーンは焦っていた。
久々に現れたジムへの挑戦者の相手をしているうちに、卵から孵ったばかりのイーブイがジムの外に出てしまったのだ。
祖父であるオーキドから譲り受けたそのイーブイが孵化するところには自身も立ち会っており、小さなそのイーブイが精一杯生きているのを一心に感じた。ジムトレーナーにも可愛がられてちょっとしたジムのアイドル的な存在である。
まだあの子はトキワに来て日も浅い。無闇に道路に出て野生ポケモンと出くわしでもしたら……!
額にじわりと汗がにじむ。それは先ほどまで相手をしていた挑戦者とのバトルの名残か、それとも脳裏に映る最悪の状況のせいか。ジムをトレーナー達に任せてあちこちを走り回る。幸いトキワはそこまで広い街ではない。幼いイーブイの行動範囲はそれほど広くなく、すぐに見つかるだろうと予測した。
「イーブイ!!どこ行ったんだよ!!」
ジムの周囲を探したあと、マサラ方面から虱潰しに探して行く。すれ違う街の人々にも見つけたら教えてくれるように頼んで、空にはピジョットを飛ばした。
「最近治安も心配だしなぁ……」
数年前に自分のライバル兼幼馴染が軒並み叩き潰した筈のマフィア、ロケット団が復活したと言う噂があるのだ……全く、懲りない奴らだとため息が出る。第一、つい最近自分の後輩にあたるジョウトの少年、ヒビキに再興の計画を潰されたじゃなかったのか。
「ーーーって、そんなことどうでも良いんだよ。イーブイー!!どこだー!!」
フレンドリィショップもポケモンセンターも探した。残りはジムの西から上にかけて、ニビヘ向かうゲートのあたりだ。
きょろきょろと探していると空からばさりという音が聞こえて地面に影ができる。見上げればそこには小さく鳴くピジョットがいた。
「ピジョット?見つけたのか?」
「キューイ」
ピジョットが嘴で示した先に視線を向けると、確かにそこにはイーブイ。
と、イーブイを抱えた一人の少年がいた。
「……?誰だ?」
その少年は、グリーンと同じぐらいの年齢。ブラウンの髪に全身を灰色や黒で固め銀ボタンの上着を着ていて、腕の中のイーブイを複雑そうな顔で見ている……複雑そうというか、機嫌が悪そうだ。イーブイはそんな少年の表情なんて気にしていないかのようにぶいぶい無邪気に鳴いていた。
か、可愛い……じゃなくて。
ピジョットにお礼を言ってボールに戻し、小走りで少年に近付いて声を掛ける。するとイーブイに向いていたその視線がグリーンを貫き、全力で不機嫌なのが伺いしれた。
「……キミが、この子のトレーナー?」
「あ、ああ!ありがとな、急にどっか行っちまっ「……管理くらいしっかりしろよ。この子いきなり俺の前に飛び出して来たかと思ったら全力で泣き喚くし騒ぐし引っ掻くし暴れるし、落ち着いたら落ち着いたで離れないしありえないんだけど」
ぎろりと睨まれて思わず竦む。ひくりと頬が引きつったのが分かって、同い年ぐらいのやつに何ビビってんだとグリーンは自分を叱咤した。
「悪い。こいつ最近卵から孵ったばっかで」
「孵ったばっかのガキから目逸らすなよ」
ごもっともだ。ごもっともではあるけれど。
何を言っても悪態しか返ってこない。こんな奴初めてだ。まあでも彼がイーブイを捕まえていてくれたのは確かなのでグリーンはぐっと我慢する。
差し出されたイーブイを受け取りながら笑顔を浮かべて名前を聞いた。
俺はマサラタウンのグリーン。お前は?イーブイ捕まえててくれてありがとな、何かお礼したいんだけどできることがあったら何でも言ってくれ。
「……………ゼロ。ブラックシティのゼロだよ………何でもって言ったよね」
いや訂正したい。そんな悪どい表情(いやさっきから変わってはいないけど)で言われたら恐ろしいことが思い浮かぶ。
少年の言葉に早速自分が言ったことを後悔し始めたグリーンだったが、少年の口から出たのは彼が思っていたものよりずっと普通の内容だった。
「俺、マサラタウンのオーキド博士って人のところに行かなきゃならないんだけど。案内してくれるかな」
「……へ?じーさんのとこ?」
グリーンが、この少年がイッシュの図鑑所有者だと知るまであと60秒。
(……じーさん?)(俺、オーキドグリーン)(は!?)
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