蒼狼アルミナイズ | ナノ

紅蓮の君





「負けた…………か」
「お疲れエイド。楽しかったかな」
「きゅう!」

マルマインをボールに納めて達磨がこちらに向かってくる。手には、バッジだ。

「完敗だぜ。まさか一勝も出来ねえと思ってなかった……これがオレンジバッジだ」
「どーも」
「お前、カントーのジム初めてだろ?」
「そうだよ、これから回るつもりだから。もう良い?エイド回復させないと」
「ちょっと待て。お前に教えときたい奴がいる」
「……………?」

俺がバッジを真新しいケースに納めるのを見て、達磨はジムの出口に向かう。それに従って付いていくと、ポケモン像の所で止まった。
どうやら俺の名前を刻むらしい―――まあ実際に刻まれる名前は偽名であって、本名じゃないんだけど。

「俺が、お前みたいに一体で倒された時が以前に一度だけある。………そいつはカントー・ジョウトのリーグを史上最短時間で突破してチャンピオンになり………突然姿を消した」
「、」
「奴の名前はレッド。赤い帽子に赤いジャケット、赤い瞳。肩には大体ピカチュウだな。今も恐らくどこかで挑戦者を待ってる……自分を倒せる人間を見つける為にだ。本人に聞いた訳じゃねえが色々縁があってな、奴は恐らく自分を追い詰める人間がいない事に失望して行方を眩ませた。
気になるなら、探してみろ。きっとお前なら良い勝負をする」

達磨の指は止まらない。認定トレーナーの部分にゼロと書き入れると、立ち上がって俺を見つめた。

…………そんな人間が。



そんな、俺のような人間が。

「てめえに負けたことは勿論悔しいが、それ以上に圧巻だったぜ。手も足も出ねえバトル……久々に味わった!!まだまだ上はいるんだ、俺はもっと強くなって見せる」
「………っそ。まあ、期待しないで待ってる」
「可愛くねえ餓鬼だな……」
「待ってるだけありがたく思えば?」

俺はばりばりと頭を掻いて笑う達磨を見て、ぽつりと言った。

「………ブラック。」
「あ?」
「ブラック。俺の本名……その“レッド”とかいう奴の情報と引換?」
「ブラック……おい待て、もう名前入れちまったぞ!?………つーか『ブラック』って、お前まさかイッシュの一年前くらいにいきなり辞めたチャンピオンの」
「だから名前臥せてんだよ、そのくらい解れ筋肉達磨。何、頭も筋肉な訳?………じゃ、俺もう行くから」
「ちょ、おいゼ……じゃねえ、ブラック!?待てよ!!」

俺の名前を呼んだ達磨の方を一度だけ振り向いて。

「ああ、そうだ。エイドの体力半分まで削られたの随分久々だったよ。


―――――――キミ、つえーじゃん」

呆然としてる達磨に再び背を向けて、俺は今度こそジムの扉を出た。



***


「…………っ、ははっ……そうか、チャンピオン降りて、似たもん同士ってことかねぇ………道理でダブりやがる。
あいつとあの赤い餓鬼のバトル、ちょっと見てみてえな」

マチスは頭に手をやって苦笑いし、トレーナー達に声を掛けてからジムの奥へ戻っていく。傷付いたポケモン達をジム専用の回復機で回復させていると、ふとポケギアが鳴った。

「ん?何だ…………

―――――――ようラムダ。何か用か?」

着信に気付いて開いたポケギアには、

同志の名。



***


「“レッド”。………“レッド”、ねえ……」
「きゅう?」
「気にしなくて良いよ、エイド。ちょっと考え事してるだけだから」

六番道路。
達磨を潰した俺は、午後一杯時間が余ってしまったので散歩がてらクチバの先の道路に繰り出した。トキワへは明日向かおうと思う。

「この先がヤマブキシティか。どんな町か知らねえけど」

付いていくと言うのでエイドをボールから出して隣で歩かせる。新鮮な風景を楽しんでいるみたいだ。
道路をザクザク進みながら時々草むらに入ったりもするが、今のところポケモンは飛び出してきていない―――

「何か平和な道路だな…―――――ぶっ!!」

嬉しそうに俺を見上げたエイドを撫でて、随分遠くなったクチバ方面のゲートをちらりと見る。前を向いた瞬間、物凄い勢いで何かが顔面に衝突した。

……………おい、このノリ……爽やかの時もこんなだったぞ………

若干記憶がぶり返して気分が急降下しかけると、漸くその張り付いてきた何かがべりっと顔から剥がれた。

「ろも」
「…………………。」
「きゅう?」
「ろも、にょー」

オタマロみたいなフォルム。
いや、アレよりは数百倍マシだ……何処がって、顔が。顔面が。顔面偏差値が。
腹の辺りにグルグル渦巻き模様があって、俺の足元でぴょっこぴょっこ跳ねている。

「………えーと、図鑑図鑑」

バッグの中の図鑑を取り出すと、どうやらニョロモというポケモンらしかった。水タイプか………
見ると、隣に水辺がある。どうやらここから飛び出してきたらしい。

「え、何?つーかキミ、戦うんじゃないの?」
「ろもー?」
「きゅうー?」

思わず問い掛ければエイドとニョロモは同時に首……体?を傾げた。
何だこの光景。ちょっと可愛いな。

「……戦う気は無いのかよ……じゃあ何で俺の顔面にたいあたりかましたのさ………」
「ろもー」

何言ってるかわかんねえよ。
ボールみたいに跳ねてるそいつは、俺が呆れている間にエイドと遊び始めたようだ。暫くぼーっとしゃがみこんでその様子を眺めながら思索に耽った。



―――――――“レッド”。

爽やかに電話をかけてみたところ、達磨より詳しい事が聞けた。
若年十歳でカントーを旅し、同郷のグリーンとかいう奴と共に歴代最短でトキワジムを攻略。その後セキエイリーグを最短の36分12秒で攻略し、数ヵ月の間チャンピオンとしてリーグに君臨した後に突然失踪した謎多きトレーナー。現在は恐らく俺と似たような年齢だとか。
ジム攻略が十歳からってのは別に驚く事でもない。こっちの地方はイッシュでも定められてる旅の開始年齢が俺達より早いらしいから。

「十歳であんなクソつまんねえとこに押し込められたら………そりゃ、嫌にもなるか」

十六でチャンピオンになった俺ですら一年しかもたなかったんだから、そのレッドとかいう奴が俺と同じ人種なら絶対に我慢できない。
チェレンはその点は心配しなくても良いんだよな―――奴の目標はチャンピオンになることで、それが旅の目的だから。
現状に満足いくいかないじゃなくて、その停滞した空気に堪えられない人種なんだ。もっとスリルを、もっと危険を、もっと張りつめた糸のようでいたい。

「きゅー?」
「ん……何、エイド」
「むきゅっ」

さっきからニョロモと戯れてたエイドがこっちを向いて何やらむきゅむきゅ言い出す。ジェスチャーで何となく分かってしまったのが嫌だ。
………………え、何、マジで言ってんのそれ。

「……こいつ捕まえろって?まあ確かに水要員欲しかったし…でも……」
「きゅう!!」
「ああもう、解ったよ。頑固だな……ニョロモ、キミ、俺と来る?」

腰に手を当てて胸を張ったエイドに早々に白旗を上げ(こうなるとこの子は梃子でも意見を曲げない)、エイドの隣でごろごろ転がっているニョロモに問いかける。

「………ろも。」
「…っそ。じゃ、宜しく」

のんびり頷いたニョロモを持ち上げて、取り敢えず隣の水辺で泥を落とした。エイドが俺の鞄を勝手に開けてタオルで拭き始めたけどまあ良いとしよう。俺は俺で空のモンスターボールを取り出してニョロモの額にこつんと当てた。
赤い光となって吸い込まれたニョロモは特にボールを揺らすこともなく収まった。もう一度外に出して今度は頭に乗せてみると、器用にバランスを取って楽しそうに鳴きながらころころ回っている。

「名前、どうしようか」
「ろもー」
「水タイプなんだよね。」

取り敢えずまた行く宛もなく歩き始めると、ニョロモはぴょんぴょん頭の上で跳ね始めた。
………身長縮んだらどうしてくれる。

「ろも、ろも」
「ああもう煩いな。静かにしろよ、キミの名前考えてるんだから」

がしっとニョロモを掴んでエイドの頭の上に落とす。エイドはくるくる回るニョロモにつられて同じように回りだした。

そうだな。

「……うん、これでいいか。なあ、ニョロモ」
「ろもー?」


「キミは今日から水影。―――ミカゲだ」


ニョロモ―――ミカゲは、またのんびりと返事をした。






(きゅ…)(調子乗るから目が回るんだよ)(ろもろも)





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