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現在の拍手は手持ち日記。トップバッターは『お嬢』ことジャローダのクロノです。
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私の主人は、チョコレートの色をしている。
「……おはよ、お嬢。」
暗い部屋。
今日も寝起きの機嫌は最悪。私の主人は低血圧。少しくらい改善しようとしても良いと思うのだけれど、残念ながら本人にその気はないのよね。
彼は無造作にカーテンを開けて、差し込む日差しに目を細めた。ベッドの近くにいた私からは窓の外の様子は見えないけれど、きっと綺麗な青空なんでしょう。
だって、ブラックの眉間に皺がよってるもの。
「暑そうだな……リーグ行きたくない」
「キュイッ」
「あぁもう、分かってるよ…言ってみただけじゃないか。行く、行くよ」
面倒臭がりのブラックは、何かとつけてリーグを休みたがる。まったく、チャンピオンが聞いて呆れるわ。
いつから、あの目が煌めかなくなったのかしら。
いつから、遠くを見つめるようになったのかしら。
私達手持ちのポケモン達に注ぐ視線だけが、それだけが旅立ったあの日から変わらない。その一点だけを残して、彼は酷く荒んだ目をするようになってしまった。
あの、私と同じ色の髪をした青年が居なくなってから?いいえ、違う気がするの。
「お嬢、シャツ取ってくれる?」
眠いらしい目を擦りながら着替え始めたブラック。私一応メスなんだけど、そんな呼び方してる癖に忘れたとは言わせないわよ。
椅子に掛けてあったシャツを鼻で掬って窓際まで持っていく。彼のお礼に一鳴きで返して、寝室をするりと出た。
「…キュー………」
旅をしている間は、あの瞳は輝いていた。
ブラックは私と一緒に幼馴染の二人と故郷を離れて、ラシュヌやジル、ヴァロードと出会って皆でジム戦を制覇したわ。バトルが好きな彼は、私達が勝つとその仏頂面を少しだけ緩めてとろけるような微笑みで撫でてくれた。
ポケモンリーグに行って、お城のようなところに入った時だってそう。彼の雰囲気がいつもと違ったのはあの何故か酷く怖気のするおもちゃが沢山散らかっていた子供部屋に行った時と、若草色の青年が黒い龍に乗って去って行った時だけ。へんてこなマントを着たおじさんと勝負した時だっていつもと変わらなかった。
二度目にリーグに行った時だったかしら。いえ、そうじゃない。
そう、チャンピオンになって、始めて挑戦者がきてから。
彼の瞳はガラス玉のように、物を反射するだけのものになってしまった。
そこまで合点が行けばもう考察の必要はない。そこからのブラックは色をなくして、なくした『色』を探すかのようにふらふらとしはじめたから。
がちゃり。ドアの開く音がする。
「お嬢?どうしたの、いきなり出てって」
「キュイッ!」
「………なんでそんなに不服そうなのさ」
私だって女の子なのよ。男の着替えなんて見てられないわ。
旅してた途中は仕方ないと思っていたけれど、もう我慢の必要なんてないもの。
私は眉を潜めて首を傾げるブラックを首のあたりの蔓でぺしっと叩いて、ふんっと首を背けた。
ブラックと私達の旅は終わった。
これから待っているのは平和でのんびりとしていて、けれど何処か物足りない毎日。
けれど、どこまでもついて行くわ。
だって、あの日あの始まりの匂いのする街で、私は貴方と出逢ったの。
まだ小さかった頃、小さな小さな私の世界で、柔らかく微笑んだ貴方が私の全てになった。
「行こうか、クロノ」
ついて行きましょう、何処までも。
他の子達が貴方から目を逸らすようなことがあっても。
私だけは、貴方の全てを肯定するわ。
けれど、願わくは。
ほんの少しで良い。
貴方の瞳に、漆黒の燃える炎をまたーーーーー…………。
愛しているわ。
貴方が、私の世界。
(これは彼が霧で霞む街)
(ひとりの男に出会うほんの少し前のお話。)