鼻を掠めていく風に若草色の目を細めた彼は不器用な笑顔を作って「大丈夫ですよ、大丈夫」と念を込めて言った。白いのどは今や分厚いマフラーの下に隠れてしまっている。心配性なわたしに気をつかう彼の姿はなんだか幼く、微笑ましかった。月夜の風は星空に相まってなんとも言えないロマンティックな様子を演出している。鼻が赤くなっている、と思ったがなにも言わなかった。どうせわたしも同じようになっているのだろう。
「ハチクさん、寒くはないですか」
「わたしは寒いところには慣れているよ。きみは、どうだい」
「あはは、大丈夫ですよ」
なんでもない、と言った彼の手にはどうも手作りらしいミトンが嵌められている。ところどころで糸が飛び出したその出来合いを見ると、カミツレのものかと考察できる。フウロならばきっともう少し上手く作れただろう。いや彼女もおかしなところで抜けた性格だから、実は下手だったりもするのだろうか。失礼なことを考えているわたしを不思議そうに眺めているアーティはそんなことなど微塵も気にしていないようで、つくづく世間とはかけ離れた人間だなと認識する。彼はひとからいただいた代物ならば例え糸が飛び出ていようがなんだろうが気にしないのだ。そんな細かいところを考えるような人間ではない。彼のことを考えるたびにまるで聖人君子のようだとすら思えた。
「ハチクさん、ぼく歩くの遅いですかね」
柔らかな表情ながらも不安を覗かせる瞳をこちらに向けたアーティに「そんなことはない」と答えると、ほっとしたような顔になる。これほど純粋で、面白い人間がほかにいるだろうか?声を出して笑ってしまいそうになった。もちろん、肯定的な意味でだ。
「なぜ、そんなことを言うんだ」
「よく言われるんですよ。カミツレちゃんや、シャガさんに、歩くのが遅いって」
「まあ…はやくはないが」
「あう、すみません」
「悪いとは言っていないよ」
わたしはいつだって、きみとゆっくり道を歩いていたい。そういうことを気にして速く歩こうとするきみと、どこだって行きたい。なんて、少し恥ずかしすぎる言葉はとても口に出せないけれど、いつか彼に伝わる日がくるのだろうか。なによりも素晴らしいきみ。なにも知らないまま、美しいまま、その命が在ればいいのに。
「わたしは、きみに合わせて歩くことが、結構好きだが」
なにも知らないでいるには遅すぎてしまった。それでも美しいきみといたいというのはわがままだろうか。いつだって頼ってくれるきみの手を引いて歩きたいから、このおそろしいほどの冷気の立ち込める世界を歩いていく。
「そんなことを言う人間は、わたしくらいで良いと思っているよ」
どうか、ずっとこのまま、切り裂くような静寂に包まれて、身を滅ぼしてしまえたなら。
綺麗なまま死ぬこと、汚いまま生きていくこと




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