きみにどれだけの愛を贈っただろうか。緩やかにぼくと彼との間を流れる午後の空気の中で平和呆けした頭をせっせと働かせていると、唐突にその考えが頭を過ぎった。それは欠伸をしながらバイクを運転していたら、突然雨で濡れたマンホールの上でスリップしてしまったような、そんな風だった。もちろん彼はぼくがこんなことを考えているだなんて知らない。知っていたら、すこしだけ驚くだろう。
愛というものがどういったかたちでその大きさをはかるものだか知らないけれど、つまりぼくが言いたいのは、別になんだって大したものなんかじゃあないってはなしだ。ぼくや彼がこうしてふつうの顔をして一緒に昼食を摂っていたって、気持ちの良いシーツに身を沈ませて仲睦まじくしていたって、差異はないのだ。ぼくの彼に対する想いは果たして何なのだろう?目を閉じると昼間の星々が瞬いていく。
「ノボリ、きみはこの現状について、なにかおもうところはあるかい」
「そうですね…このチキン・ステーキは少しばかり塩気が強いかとおもいますよ」
「それはすまなかったなあ。気を付けるよ」
随分と検討違いな会話をしたきり、ぼくと彼は黙ってこんがりと焼けたチキン・ステーキをナイフとフォークで切り分け、それを口にした。我々は食事中に会話をすることを極力避けている。ただでさえ、食事中の姿をさらすことだってどうかと思っているのに、これ以上時間を長引かせることは好かなかった。言われてみれば確かに、少し塩を振りすぎたのかもしれない、咀嚼を繰り返しながらも考える。こうして見ると、なんだかぼくは彼といても上の空であることが多いようだった。けれど、塩気の強いチキン・ステーキのはなしはもう止そう。ぼくの彼に対する、とてつもない量の愛の話をするべきなのだ。それも飛び切りの甘い言葉とロマンティックな雰囲気のなかでだ。口のなかでいつまでも寛いだままの汚物を飲み込むと目を伏せたままの彼を眺めた。おどろくほど整ったその顔が、同じだけぼくにも備わっているとはとてもおもえなかった。食事時の顔を凝視されることがどれだけ相手に不快な印象を与えるか知らないわけではないけれど、それにしたって不思議なほど魅力的な顔立ちだった。勿論女性のように可憐だとか、勇ましくて素敵だとか言うつもりは無い。わりと綺麗な顔をしているとは思うけれど、そんな野暮なことをわざわざ口に出すこともなかった。それほどぼくはもう子供ではなかったし、もうそんなことを言うには臆病になりすぎていた。思えばもう随分と心躍るような浮いた言葉を与えた記憶も無い。しかしだ、ぼくはこの世に存在するどんな生き物よりも彼を愛しているだろうと胸を張って言えるし、彼だってそれは否定しないだろう。それどころか強く肯定してくれるかもしれない。こういった繊細な心境にひどく淡白な彼だって、そういうはずだ。
ゆっくりと食事を終えた我々は、適当に後片付けを済ませるとリビングでクジラのように大きなソファに隣り合って座り、気になっていた映画を観ることにした。上品な皮のソファは彼のお気に入りだし、それに近すぎる距離にいることは嫌いじゃない。ホームシアターで映画を観るにも丁度良かった。詰まらなかったら眠ってしまえばいいのだ。

「どちらにしますか。ホラーサスペンスと、ええと、恋愛ものですが」
「恋愛もの?珍しいね」
「土星の衛星が舞台の、SFですが」
「ああ、そっちにしようか。きみってわりと、そういうのが好きだよね」
「夢があっていいとおもいますが」
あくまで淡々と話す彼はそのカッターで切ってしまったような鼻を少しだけ啜っていた。秋口に鼻風邪をひくのはずっと昔からの彼だけの持病のようなものだった。「聞き苦しいでしょう。申し訳御座いません」「いいよ、かまわないよ」ディスクを丁寧に取り出す指先がなんともしなやかだ。
部屋の電気を消し、カーテンを閉めると映画は始まった。壮大なラブストーリーは星の運命さえ左右するほどのものへと移り変わり、その美しい情景と若いカップルの存在というものはどうにも不似合いに思えてならないけれど、我々はなにも言わずにその映画を観続けた。途中で映画を止めるような人間は好きじゃなかった。ぼくのきもちがどこかでプカプカと遊泳している間にも、若いカップルは悲劇に打ちのめされ、現実の困難な様子に耐えかねている。けれどぼくに言わせれば(いや、ぼくに言わせなくたってこれは一般論として差支えが無いだろうけれど、まあ、いいか)こんな馬鹿げたことが遠く離れた土星の近くでも行われているだなんて、悲しくてたまらなかった。彼らはきっとこの星に移住してくればいいのだろう。横目でノボリの表情を窺えば、相変わらずの無表情だが、なんだかぼくと同じような考えを持っているような、そんな予感がした。我々は酷似しているからだ。理由なんてない。
それにしたって、とぼくはおもった。ぼくが贈った愛の数々を彼はどういう風にして受け止めたのだろう。遊泳の止まないきもちは相変わらずプカプカと宙を彷徨っている。おかしいくらいに切羽詰まったあの若いカップルのように張り裂けそうなほどの焦がれが、ほんとうの愛だというのだろうか。そんなことは分からなかったし、きっと誰だって首を捻るだろう。いっそ「愛とはこういったもので、これ以外は愛ではない」と誰かが決めてくれれば楽なのにとおもう。そんなようにして決められて、もしぼくのこのノボリに対する想いが愛でなかったらどうするべきなんだろうう?
「ノボリ、きみはこの現状について、なにかおもうところはあるかい」
「そうですね…いま、いいところですので、少しお静かに」
「それはすまなかったなあ。気を付けるよ」
鼻を啜った彼に何枚かのティッシュ・ペーパーを手渡しながら、おとなしく口を閉ざした。そうしてぼくの滑稽な愛についての考察は愚かな土星の衛星の爆発と共に終焉を迎えた。ほしが死んでしまったというのに、若いカップルは随分と幸せそうだった。
ぼくらは亡き星を見ている





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