横顔に見惚れていた。美しい鼻筋を眺めていると、心臓が爆発するようだった。
「わたしはね、アーティ。きみのことを愛しているよ」
ぼくを、このヒウンで一番空に近いホテルに呼びつけた彼は、それはもうパリッとした気持ちの良いシャツ(ほんとうにそれは、どこから見てもセンスの良い、シンプルなブラックのシャツだ)を身につけながらも、決して気分が良いというわけではなさそうだった。彼のそんな様子をぼくはただ眺めている。サイフとライブキャスターと、あとは何が入っているかも分からないようなバッグを椅子の隅に置く。品の良いテーブルも椅子も、その清潔感を目一杯に主張していた。それはこのヒウンでは何だか場違いでいて、嘘で塗り固めた外装が、まるで泥の中にぽつりと浮かぶガラス玉のようだった。
「ほんとうなんだ、神に誓ったって良い」
「知っているよギーマくん。きみが、とびきり寂しがり屋で、バカな人だっていうのもね」
無感動に言っても、ギーマくんはただ切れ長の瞳を夜景に向けていた。大きな窓から夜景が一望出来ます、なんてキャッチコピーのホテルだったなと思い返しながら、ぼくはまだどうしてここにいるのだろう、とさえ考えていた。ぼくの住んでいるあのマンションからここに来るまで、あの赤い車を飛ばしていた時から、まだ精神がついてこないのだろうか。半ば情けなくすら見えるその横顔はやはり美しくて、なんだか不思議な気分になる。あれだけの数の女の子と付き合いながらも、結局ギーマくんはぼくのことが一番好きなんだ。だから、このぼくが、知らない女の子とデートしていた事実を問いただそうと今ここに呼んだわけだ。これは勿論偶然じゃないし、必然でもない。ぼくはギーマくんが見ればいいなと思っていたけれど、上手いことセッティングしたわけでもなんでもなかった。ただ、ぼくと知らない女の子がデートをしているところをシキミさんが目撃した。そして彼女がそれをギーマくんに伝えた。世界は実に上手くできている。ぼくは感心していた。
「つまり、ギーマくんは、なにが言いたいの」
「…シキミが、きみと、知らない女性が親しげだったと」
思った通り、ギーマくんはスッと通った声で言った。白い喉仏が動くのを見つめながらも、ぼくの脳内では大した意味のないことばかりが繰り返されていく。あの知らない女の子は得意先の画商の代表の一人で、今度の大きなコンクールの審査員をも務めている。だからと言ってぼくから食事に誘ったわけではないし、第一にコンクールというものがぼくは嫌いだった。ひとと何かを争うのなんてバトルくらいで充分だとすら思っていた。そもそもデートと呼ぶべきものでもなく、今度、地方で個展を開かないかと誘われただけだ。それはもうこのホテルくらい高い敷居のレストランでフルコースを頂きながら、ぼくはまたネジ山のように高いワインを次々に開けた。ぼくのその食べっぷりにあの子は喜び、帰りだってわざわざ車で送ってくれた。あの子はあらゆる意味でぼくに好意を感じている、少なくとも、この世の誰と比較してもだ。別れ際にキスをされながらもそう考えていたぼくは、彼女が帰るとトイレに駆け込んで胃の中のものを洗いざらい吐き出した。止まらない嘔吐感は唾液はもちろん、色濃い胃液を喉が痛くなるまで吐き出させた。ワインとか肉の煮たものだとかが、プカ
プカと便器に浮かぶ様はひどく間抜けで、そうしてぼくは嗚咽した。人の好意を踏みにじるなんてのは、ぼくの喉が痛くなるくらいでは凡そ均衡がとれなかったからだ。ごめんなさい、と呟きながら便器を見つめる。やっとの思いでレバーを引くと、ぼくはもうあの女の子の名前すら思い出せなかった。つまり、それだけの話だ。
「ギーマくんだって、ぼく以外の女の子と寝るでしょう」
「愛しているのはきみだけさ」
「ぼくも、きみだけを愛してるよ」
「…きみの体は、そんなに容易く明け渡していいものじゃないだろう」
「お説教したくて呼んだのかい?」
「きみを傷つけたくないんだ、アーティ」
ギラリと光った切れ長の瞳は肉食の獣のようで、一瞬逃げ出そうとした体を理性で留める。夜景を眺めていたその目がこちらを向くと、青白い顔色が狂態を際立たせていた。それはまるで青い海が次第に真っ赤に染まり、海面から次々に魚が顔を出すようなくらいには、何もかもがおかしかった。シャツの下にジワリと汗が浮かぶ。
「わたしが優しく言っているうちに、考えを改めたほうがいいぜ。きみにはその必要がある」
「きみには良くって、ぼくにはダメというの」
「あまりわたしを困らせないでくれよ」
嫉妬に震える眼差しがぼくだけを見つめる。すると瞬く間に満たされていく自尊心が、気持ち悪いほど気持ちが良かった。そうだよ、分かっているじゃないか、紳士的になど接しないでくれ。そのすらりとした官能的な指先が白くなるほど力を込めてぼくの腕を掴んだギーマくんは、そのまま噛みつくようなキスをしてきた。歯と歯がぶつかるんじゃないかって勢いで、うっかり笑いそうになる。病的なまでの青白さが伝染して、まるで透明な水に絵の具を一滴落としたようだった。零れ落ちそうなほどの暴力的な愛。
「きみを、愛しているのに」
「うん」
「どうして分かってくれないんだ」
グシャグシャに歪んだきみの愛情こそが、ぼくの求めているものなのだと、バカな君はいつになれば気が付くのだろう。天使のような笑みを浮かべながら彼を抱きしめ返すと、腰が砕けるくらい甘い言葉が降った。愛しているよ、愛しているよ。バカな人。ぼくを傷付けたくなくて、女の子とばかり寝ているのに、きみは結局こうしてぼくに傷付けられ、ぼくを傷付ける。
「ごめんなさいギーマくん、ぼくも、愛しているよ。世界一きみが好きだよ」
「ああ、アーティ。もう二度とこんなことは止してくれ。でないと、わたしはきみを――」
震え上がるほどの愛の囁きを受けながら、ぼくは何故だか興奮していた。サディストの住むきみの心が欲しくて、嘘をつく。
「うん、もうしない。神に誓ったっていいよお」
ぼくがいないと呼吸もできないくらい、きみが夢中になってくれたなら、もう二度としないよ。バカなギーマくん、きっときみはぼくを天使かなにかだと勘違いしているでしょう。優しい言葉をくれるきみより、気持ちのいいセックスをしてくれるきみのほうが、ぼくは好きなのになあ。
「だから、キスして、抱いてよ」
こんなぼくのことなんてさ。
許さなくっていいのに










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