額から顎にかけて汗が伝う熱帯夜だった。細い腰を掴んでじわじわと埋めて、ひとのからだに刻む顕示に酔いしれる。ああきもちいい、きもちいい、きみのなかはなんだってこんなに調子がいいのだろう。たまらない。やめてくださいまし、と涙声でそう告げられたってやめるわけはないし多分きみもやめられてもこまるでしょう。だってきみのは乳首だって性器だってもうビンビンじゃないか。下世話な台詞さえお似合いなほど安っぽいセックスは自尊心を高ぶらせる。虫の鳴き声なんだか君の鳴き声なんだかわからないような音が耳についてやまない。ああ五月蝿いな。無意識の内に呟くと涙とか色々なものでぐしゃぐしゃになった彼がこちらを見た。責めるような求めるような視線をぶつけられる。耐えかねないまま青白い首に手を伸ばした。
「少しは黙っていられないのかい」


浮くようにして存在する痣と青白い肌をした人工皮膚を眺めていた。透明の冷却装置の中で眠るようにして横たわっている其れは、人のようだけれど人ではなく、つまりはただの人形だった。しかし人形と言ってもただのそれではなく、詳しくはアンドロイドとか言うんだろうが、ぼくからして見ればそれこそダッチワイフと呼んでも良かった。身長も顔も何もかもがぼくと瓜二つなそれは名前をノボリと言って、自分をぼくの兄であると思い込んでいる。そうして兄弟間で勝手に性的関係を結んでしまったことへの罪悪感に日夜頭を抱えているのだから、機械にしてはバカだし、人間にしては出来すぎていた。暗い室内ではまるで死体かのように見えるその体をジッと見つめていると頭がおかしくなりそうで、首を振る。
ノボリはぼくの兄として存在するアンドロイドだ。製造者は不明確であり、未だに分からない。出会ったのはまだぼくが施設にいた頃だし、親を持たないぼくはそれはもう喜んだ。博識でいて凛としたその佇まいに憧れさえ持った。そんな異様な兄の存在に、頭の足りないぼくは中々気が付かなかった。それは一種の興奮と逃避のようなものに隠れて、正確な考えを遠ざけていたのだ。
ぼくが目を覚ましたのは彼が凡そ人間とは似ても似付かない一面を垣間見てからであった。交通事故により確実に折れたはずの腕が一晩で修復していたことを切っ掛けに、ぼくの彼へ対する憧れの思考は次第に消えていった。所謂自己再生を備えた彼は傷を負うと自動的に体内で傷を修復させる機能を持ったアンドロイドである。そう思わざるをえなかったのにはもう一つ理由がある。ぼくはノボリを不気味に思うあまり、寝込みを襲い惨殺してしまったことがあった。二度と復活できないようにと、そういう意味を込めて幾つにも体を切断した。しかしそんなぼくの思いを裏切るようにして彼の体は心臓から再び成長し、骨を作り筋組織を作り皮膚を作り、終いには顔まで元通りに作ってしまった。切断した心臓以外の部分は砂の結晶となり、砕け散った。切断してから再生するまで、一時間もかからなかった。アンドロイドと言うにしても、それは人知を超えすぎているように思えたが、ぼくはそれ以外に彼を表す方法を知らなかった。だから彼はアンドロイドであるのだ。厳格な口調は、人工知能であるからだと考えれば納得できる。事実砕けた言葉で話をした時、彼は不思議そうな顔
をしてぼくを見つめるばかりだった。その考えに至ってからというもの、ぼくは考えをやめてしまった。不明瞭なことが多すぎて苛立ってくるからだ。事実彼は優しく博識でいて凛とした美しさを持っていた。それだけで充分じゃないか。つまり、ぼくは極度の自己性愛者であった。


浮くようにして存在した痣はすっかりその形をなくしてしまった。ぼんやりと暗い部屋で白い肌だけが浮いている。眺めてはいけないと思うのに、目線はそっちにばかり向かってしまう。無意識で煙草に火をつけると、じくりと脳が疼いた。
「(見れば見るほど…君はぼくなんだなあ、性格はまるで違うけれど、少なくとも外見はまるで同じだ。だからぼくは君を愛しているし、君もぼくを愛しているんだろうか。あの夜、君を手に掛けてしまったことで気が違いそうなほど錯乱し泣き喚いたぼくを優しく抱き締めてくれたのは切断した君の手だったのに、ぼくはどうしようもなく安心したんだ)」
天井にぶつかった煙が行き場を無くして泣いている。泣いている?違う、泣いているのはぼく?それとも君?頬を伝うものに触れると生暖かい感触に総毛立つ思いがした。美しい兄を抱いた回数だけ殺してきた。そうしないと恐ろしかった。骨を砕く感覚が手の内に染み付いて。
その瞬間何故だか、目眩がした。ぐらぐらと地面が揺れて床がないような不安定な不安に襲われる。助けてくれ、助けて呉れ、ほんとうは、殺されたいのはぼくなんだ。清く正しい彼を殺すことで安心したいんだ。ああ、世界が平らになる。視界が、指先が、痣がぼくに移りゆく。



「おはようございます、クダリ」
「おはよう」
「良い夢は見れましたでしょうか」
「ああ」
「昨夜は手酷かったですね、さあ風呂に入りましょうか。おや貴方まだ抜けていませんね」
「あ、あああ」
「貴方はまだ慣れていないのですから、3ミリにしておきなさい。注射器は片付けますからね」






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -