向かいに座り、ストローを噛み続ける弟を眺めていると、頭が痛くなりそうだった。舌打ちをして睨み付ける。エアコンの効き過ぎた部屋は鳥肌を立たせる為に存在しているようだった。
「エメット、ストローを噛むのはやめなさい、みっともない」
「そう簡単にやめられるのなら癖になんかなってないさ。インゴこそすぐ舌打ちするのやめてよ」
エメットから視線をそらすと、窓の外では日射熱で陽炎が揺れている。こんなクソ暑い中レジャーに繰り出すなんて世間はどれほど愚かなのだろうか。どいつもこいつも自宅のプールで溺死していれば良いのに、そうすればもう少しくらいは涼しくなるだろう。すでに冷え始めている体に吹き付ける風はそれでも止める気にならなかった。更に設定温度を下げていく。
「風邪をひきそうだ」
笑ってそう言ったエメットはもはやストローなどは興味がないようで、綺麗に調えられた爪に丁寧に色を落としていく。マニキュアの独特な匂いが鼻を抜けていくと、長い睫に目がいった。あれも自分と同じ長さをしているのだろうか、とぼんやりと眺める。
「インゴも塗ればいいのに、きっと似合うよ」
「結構です」
マニキュアで着飾った自分の指先を想像すると、それだけで吐き気がした。何を言い出すんだこの男は。視界に巣くうターコイズブルーが恐ろしく、透明だったものがきっちり青に塗り替えられる様子は何とも気味が悪いものだった。それはもう身震いすらするほどに。漂白剤をブチ撒けたような指が奇妙に蠢く。どこか単細胞生物を思わせるその動きはうっすらと性交を思わせた。
「君の指は何て言うか、とてもセクシュアルな趣があって、素晴らしいと思うんだけどな」
「そうですか、それはどうも」
「全部切り取って食べちゃいたいくらい」
舌なめずりをして、また笑うエメットにゾッとする。室温が低すぎる?リモコンを取ろうとした手を掴まれると引き寄せられ、キスをされた。暴れた手は離され、その代わりに後頭部を掴まれると彼の大切にしているマニキュアの瓶を倒してしまった。その瞬間の彼の表情と言ったら、それはもう恐ろしく、逃げようとしても遅かった。髪を掴まれると口の中を嬲っていた舌が呆気なく抜け、そうして次には目を見開くような激痛が襲った。わたくしの右耳にぽっかりと開いた、拡張されたピアス穴にねじ込まれた舌がグリグリと穴を押し広げている。慣らされていないままに挿入された時のようだとも思ったが、そうじゃない。この表面的な痛みは身動きを取ることすら許してくれそうになかったからだ。
「い、加減に、しろ、エメット!」
カラカラに渇いた喉から絞り出したのは悲鳴じみて、情けなくすらあった。それでも彼がやめる気配はなく、耳朶には獣のように尖った犬歯が食い込んでくる。千切れてしまうんじゃないかと思わせるほどの力だ。獣のよう、どころか獣そのものだ。気違い染みた目つきには野生動物を思わせるところがある。
拡張した穴というのは、凡そ乾電池がすっぽりと入ってしまうほどの大きさだった。物心付いたころには既に存在していたこの穴は半身であるエメットにも同様に存在していたが、鏡写しのように反対であった。左耳に浮かぶ空虚は、どこか人に恐怖感を与える。誰が空けたのかも知らぬものは時として煩わしく時として愛しく、存在意義を揺らしながらもわたくしと彼とを繋いでいる。しかし、この穴が、よろしくない。躁鬱病のような彼はまるでこの空虚に蝕まれているようだった。獣のように噛みついたかと思えばその罪悪に押し潰されそうになる。この空虚がわたくし達に何を与えているのか、それだけがまるで分からない。
力尽くでエメットを引き剥がす頃には、わたくしの髪は何とも無様なかたちになり、彼の唇には赤が映えた。息を荒くして耳に触れれば唾液だか血液だか分からないものがぬるりと滴っている。畜生、畜生、ファック。ふざけんじゃねえ。
「ぼくのマニキュア、あれお気に入りだったんだ、もう手に入らないんだよ」
「あなたがいきなりキスなんかするからでしょう」
「ああでも血が出るほど噛むのはやりすぎちゃったなあ、ごめんねインゴ、愛してるよ」
そう言ってわたくしの髪を元の通りに戻していくエメットの掌は先程の強行が嘘のように優しげだった。しかしその先端に浮くターコイズブルーに違和感を覚えるのは何故だろうか。丁寧に、ガラス細工を扱うようにされると今度は気持ちが悪くて鳥肌が立った。気持ちが悪いほど優しい指先から浸食していくような気さえした。透明だったものがきっちりと変わっていく。
「本当に愛してるんだ、食べちゃいたいくらいにさ」
にたり、歪む口元に覗く犬歯がギラギラと光る。ファックオフ、と今度こそ口にすると再びキスをされた。噛み付くようなキスは自分の血液の味にまみれ、舌先からターコイズブルーに染まっていく。こんなことならストローでも噛ませていればよかったと後悔しても遅かった。視界の端では噛み潰されたストローがマニキュアに染まっている。









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