(あ、眠そうだな)
そう考え、灰皿に煙草を置くと煙を吐き出した。視線の先には疲弊しきった姿を見せまいと躍起になって後輩指導にあたる兄の姿があった。一見普段と変わらないそのしっかりとした目つきの中に僅かにとろりとした疲労が覗く。ぼくは不謹慎ながらも兄のその姿が好きだった。それはもちろん彼にひどい思いをしてほしいというわけではないけれど、ただ、どうしたことか、恐ろしいほどだ。
喫煙所のガラス越しに見える兄はテキパキと指導にあたり、その姿はまさに絵に描いたサブウェイマスターである。ふわりと纏うシャンデラの不気味な様子がそれを更に際だたせているが、そんな彼を前にした新人達は緊張で体を強ばらせるばかりで、折角の彼の指導も中々に届きにくい結果となっている。それも当然だ、ぼくだって彼らの立場ならそうなっていただろう。置いた煙草を再び口元へと持っていくとその瞬間に彼、ノボリと目があったものの、ぼくは和やかな微笑みを浮かべ手を振るばかりで、助け舟を出すことはしない。彼もそれを察してか少しばかり帽子を下げただけですぐに視線をそらしてしまった。吸い込んだ煙を一息で吐き出すと、瞼を閉じる。煙をくゆらせれば暗幕の中で、空気清浄機の音だけがやけに機械的であり、自発的であった。
サブウェイマスターと言えば、双子でこそあるものの大多数の人々がノボリを先に思い出すだろう。それは致し方ないことだ。規則正しく美しい彼は言いようのないほど強く、それこそ老若男女から愛されるサブウェイのシンボルだ。週末ともあればライモン中の子ども達が彼を目当てにサブウェイを訪れ、サインを強請るほど。勿論ぼくだって人気が無いわけじゃないが、偏った女性人気は少しばかり困ってしまう。人から愛されるのは、なんて難しいことだろうか。別に子ども達の羨望の的になりたいだとか、そんなわけでは断じて無いけれど、こうして目の当たりにしてしまうと、流石に複雑とも感じてしまう。いつだって新人教育は彼に任せて来た。第一にぼくは人の前に立つべき人間じゃないし、何より不得意分野だった。それに引き換え彼は清廉潔白な外見を持ち、非常に丁寧な物腰である。それに面倒見も良い。その結果ぼくは彼に全てを押し付け、こうして喫煙所でのほほんと休めるわけだけれど。それにしても、と溜め息をつくと再びノボリへと目を向ける。
(何だって彼は素敵なんだ、不思議なほど)
ジワジワと染み入る毒を意識しながらも、湧き上がる欲望に体が疼いた。今すぐにあのガキ共の前で犯して、泣かせてやりたいと願うのはどうしてだろう。ぼくが人で無しだからだろうか、ノボリ、君がおもうほどぼくは冷静なんかじゃないんだ。いつだって今日の夜はどうして君のパンツを下ろしてやろうかと考えているんだ。ぼくより薄い肉付きのそのケツを拝むためにさ。目を伏せて考えていると、すっかり短くなったフィルターだったものがぼくの指を焦がした。咄嗟に指を離せばそれと同時にガラス戸が叩かれる。いつの間に近付いたのやら、気が付けばそこにはノボリが立っていた。気難しそうに眉間に皺を寄せたその表情が、少しだけセクシーだと考えながらも、煙にまみれた体を奮い立たせ、外へと出る。額にうっすらと汗をかいたノボリには普段窺えない加齢の色が見えた(こんな事を言ったら、本気で沈みそうだから言わないけれど)
「いつまで休んでいるのですか」
「君一人でもどうにかなりそうじゃない、彼らしっかりしていそうだ」
「あなた先程からサボってばかりでしょう、それでは部下に示しがつきません」
「そんなことはないさ、君がしっかりしていればね」
「それに、わたくし一人では気が重いのですよ、やはりそばにあなたがいなくては」
思わぬ言葉に、開いた口が塞がらなくなった。ああ、なんだ、心臓に悪い。そんなことを言われたらいつまでもサボっているわけにいかないじゃないか、本当に質が悪い。ぼくなんかより余程だ、と笑ってキスをした。周りからは耳打ち程度にしか思われない角度だが、どうだろう。あまり意味がない気がするな。ノボリ越しに目があった部下たちは物も言わずにぼく達を凝視し続けている。
「…仕事中ですよ」
「なら、今夜ベッドの中でもう一度言ってくれるかい」
「ええ良いですよ、夜まで禁煙できたなら」
鼻で笑うと、あっという間にぼくの胸ポケットからキャスターを取り出してしまったノボリはケースごとぐしゃりと潰してしまった。うっすらと出来た隈がいびつになるのを眺めながらも、差し出されたチューインガムに手を伸ばす。夜まで禁煙なんて嘘だろ、ぐるぐると回りだした視界で、欠伸をするノボリだけが極彩色を放っていた。

眠たそうに目を細める兄の姿は残念ながら彼らには一生見ることが出来ないだろう。そうしてクリーンな幻想を思い抱いていればいい、だなんて大人気ないことを考えながらも舌を出す。キャスターのバニラと安っぽいチューインガムの入り混じった吐息を吐いては、ある筈のない胸ポケットの内を探った。
潔白













「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -