兄さんのボウタイを締めるのはいつだってぼくである。ぼくは深紅の絹を、兄さんは深緑の綿をとそれぞれ与えられたボウタイをミントカラーのシャツに締め、紺色のハーフパンツを履きサスペンダーをつけなければいけない。外見の区別がつかない為である。しかしぼくよりも数時間(詳しくは分からないけれどきっと数時間程度だろう)しか差異のない兄さんは酷く手先の不器用な生まれで、とてもじゃないがボウタイなど、締められるはずがない。故にぼくがその面倒を見る。そもそも革靴の紐だって縦結びになってしまう兄にボウタイなどとは無茶であるのに、あの院長はまるで分かっていないのだろう。そんなようなことを考えながらも今日だってぼくはノボリ兄さんにボウタイを締めてやる。鼻先で揺れる銀色の睫がキラキラと光った。


「クダリ、ねえクダリ」
「なんだい」
「このニンジン食べてくださいまし」
いやに甘ったるい猫撫で声でもってそう言った兄さんはフォークに刺したニンジンをこちらに寄せた。その声ぐらい甘ったるく味付けのされたニンジンは兄さんが世界一苦手とする食べ物である。ハンバーグとポテトは綺麗に食べ尽くしているのに、ニンジンだけを残された皿がその無意味な白をオレンジに飾っている。ケチャップの赤がバカみたいに思えた。
「…またニンジンを残してる」
「食べずとも死にはしません、ああ気持ちが悪い」
「なら見つからないうちにぼくの皿に乗せなよ」
とっくに食べ終わった皿を隠すようにしながらも促せばほんの少し気まずそうな顔をしながらもノボリはそっとニンジンを置いた。それをさも自分のものであるような顔で食べてしまうと席を立つ。声を揃えて「ごちそうさま」と礼をするとやけに声が響いた。食堂にはもはや誰も残っておらず、子供たちは中庭で走り回っている。じとりとした粘っこい視線を投げつけてくるおばさんに礼をしながら食器の乗ったトレーを片付けると逃げるようにその場を後にした。
ハンカチで自分の口を拭きながらも、中庭へと向かう。小走りになっていたノボリに合わせ歩幅を縮めてやればやっと安堵したように胸を撫で下ろす。口のまわりについたケチャップに気が付き、拭いてやれば眉を寄せられた。
「ありがとうございます、できればもう少し優しく、」
「うんごめんね…さあきれいになった、すぐに遊ぶかい?昨日は雨だったから走るのもいいね」
「走ったりしてはおなかが痛くなります」
「なら先にお昼寝をしようか、それとも絵を描く?院長先生には内緒でポケモンたちと遊ぶ?」
「ううん、クダリの好きにしてくださいまし」
「よし、じゃあポケモンたちと遊ぼう」
「ええ、わ、ああ」
突然前のめりになって倒れてしまったノボリに驚き、慌ててどうしたのかと聞けば靴紐がほどけてしまっていた。幸いに少し膝を擦りむいただけで済んでいるということに安心しながらも跪き、ほどけた靴紐を結んでいく。
「ノボリは結ぶのが下手だねえ」
「う、い、良いのですよ、クダリが結ぶほうが上手いのですから、こういうのはやくわりぶんたんをしたほうが、きっとうまく行くのです」
「そうだね、うん、じゃあずっと一緒にいなくちゃね」
そう言って擦りむいた膝にキスをするとノボリに手を貸し立ち上がらせる。同じ形の手も同じ味をした膝も何もかもがぼくだった。全てが自己愛を成している。
「わたくし、大きくなったらクダリよりもしっかりします」
「うんうん、きっとそうしてぼくに楽をさせてね」
「クダリよりも、強くなります」
「それはどうかなあ」
そんなことになるだろうか、そうなったら、ノボリはぼくの元を離れて行くのだろうか。ぼんやりと考えてはノボリの髪をぐしゃぐしゃに乱してやる。そうして怒った顔をまた笑顔にできるのも、仲直りのキスをできるのも、きっと世界にぼくただ一人でありますように。
「ねえ、わたくしたちきっと二人で生きていけますよね」
蛍光灯の光で輝く白い肌も銀の髪も、全てが同じで全てが逆さだった。震える喉で必死に絞り出す。ああ勿論だよ。ぼくと君が二人と数えられることがなくなってしまえば良いんだ。
ぼくたちはきっと恐ろしい道を歩んでいることだろう。それに気付いているぼくと気付かぬ君とではどちらが頭が悪いのだろうか。考えながらも笑顔をつくる。色違いのボウタイも靴紐も同じ顔も何もかも。
「ノボリがそうしてほしいなら、きっとそうなるさ」
(全て消えてしまえ)
処女





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