<2>




 輸送機から降り立ったセツナは、靴の底がアスファルトの大地に触れた感触にほっと息を付いた。
 到着したのは、町からは僅かに離れた位置に建てられた軍の基地のひとつだ。指定された町まで、まだ少し移動の必要があるのがどうしようもなく億劫だった。
 セツナの身体は重い疲労感を訴えている。
 長時間枕代わりにされてすっかり凝り固まってしまった肩を回せば、盛大にごりごりと音が鳴った。
 あの後急いで山を降り、街までマラソンしたおかげで出発には間に合った。引き換えに、常人よりは幾分か優れているはずの体力は見事に使い切るハメとなってしまったが。
 息切れしつつ搭乗するがしかし、旅客機でもない輸送機の乗り心地はお世辞にもいいとは言え無いものだった。
 仮眠をとるには困難な環境。狭苦しさと振動に耐える尻をやり過ごしつつ、この移動の合間に、報告書を書くためのメモを残しておきたかった。セツナは結局、仮眠はおろかまともな食事も取れていない。
 ややげっそりとしたセツナの横でちゃっかり睡眠だけは取っていたエリアは、セツナよりは元気そうだ。
 しかしのんきに欠伸をかみ殺していたエリアだったが、輸送機を降りた後からすこぶる機嫌が悪い。
 不快感を隠そうともしない彼女の表情に、セツナはすぐに気が付いた。原因も大体察しがつく。
 エリアは、どこへ行っても目立つ容姿をしている。
 北方系の人種を思わせる白い肌に、造作の整った顔立ち。身長はやや低めだが鍛えている分引き締まっており、その割りに出るところはしっかり出ているスタイルの良さ。
 道行く人は、大体一度は彼女を振り返る。
 おまけに、ここは男所帯の軍の中。慢性的に女性と言う癒し要素が不足した男たちが、下心見え見えの熱の篭った視線を送るのは、仕方のない事なのだ。その辺りは同じ男として、セツナから謝罪したい気持ちになる。
 だが当人にとっては、仕方がないでは片付けられないようだ。
 たまたま目が合った気の弱そうな整備士の男性を、鋭い眼光で睨み付ける。彼は表情を引き攣らせ、慌てて体ごと視線を逸らした。
 それを見届けて、エリアは舌打ち交じりにぽそりと、女性が口にするべきではない口汚いスラングを呟いた。

「こらこら、あんまりガン飛ばさない」

 その姿があまりにも気の毒だったので嗜めると、エリアは少し拗ねた様な表情で見上げてきた。

「だったら殴って止めさせる」
「もっと駄目だからね!?」

 発想が突飛過ぎて思わず叫ぶ。
 彼女ならやりかねないと、セツナは大分失礼なことを思った。

「あっれー?」

 割って入るような、間延びした第三者の声。その主であろう一人の青年が、ずかずかと歩いてきた。
 輸送機から降りて来る誰かを待っていたかの様なタイミング。服装は私服のようだが、このような場所にいると言うことは軍の関係者だろう。
 中途半端に伸ばした茶髪に、じゃらじゃらとアクセサリーが目立つ格好だ。どちらかと言えば、軍人と言うより夜の町をふらつくチンピラのようだった。

「エリアじゃん! そのド派手な容姿は見間違うはずねぇ!」

 お前も十分派手だろう、とセツナは思わず口に出しそうになり、慌てて引っ込めた。だがこの言葉で確信が持てた。男は自分たちを待っていたようである。
 セツナがすぐ隣にいるのもお構いなしに、彼はエリアの正面へと回り込もうとする。エリアは先ほどとはまた違った意味で顔色を悪くし、一歩後退した。セツナの背後に隠れるような位置だ。
 その様子に、セツナは知り合い?と尋ねる。エリアは顔を顰めて唸った。

「違う。知ってるだけ」

 ……なるほどね。
 答えを聞いたセツナは胸中で呟いた。
 微妙なニュアンスだが、確かに“知り合い”とは意味合いが異なる。その一言で、この軽薄そうな男はエリアにとって好ましくない人物であるというのがよく理解できた。

「ひっでぇの。元は同じ部隊で過ごした仲じゃん」
「……と言うことは、ウェイルの言ってたエージェントってのはお前のことか」

 セツナが尋ねる。
 エリアが以前所属していた部隊と言うのは、ファルシオンのことだ。

「そういう事。ジェイクだ」

 セツナもつられて自己紹介をしようとした矢先、ジェイクの視界には既にセツナは映っていなかった。
 エリアが警戒心露わにセツナの服の裾を掴む。

「今回派遣された魔術士ってお前だったのな」

 ジェイクは喋りながら一瞬だけ、セツナに目をやった。

「ま、アークス中尉って聞いた時から期待はしてたんだけどね。あんなシケた町じゃいい女もいねぇしやる気出ねーと思ってたけど、お前がいるんなら話は別。そこらの女よかよっぽどいい」

 エリアとは顔見知りらしいこの男。口を挟む余地もなく、どんどん言葉を連ねていく。
 そして、ジェイクが口を開く度、エリアの不機嫌にどんどん拍車がかかっていくのをセツナには肌で感じることができた。
 訂正しよう。
 この男、エリアにとって好ましくない所か、嫌いなタイプだ。
 嫌な予感が、セツナの胸中を過ぎった。

「しっかし、相変わらずいい乳してんなぁお前。ちったぁ隠れてねーで揉ませろよ」
「……」
「無視? 無視なのエリアちゃん! 無反応ってのが一番傷付くんだぜ」

 傷付くと言いながら、ジェイクは全くそのような素振りを見せていない。
 真紅の瞳がどんどん剣呑なものへと変わっていく。無表情と言うよりは、顔の筋肉が引き攣った感じだった。こめかみがピクリと反応を繰り返している。
 しかし空気の読めない男ジェイクは、あろうことか話の矛先をセツナに向けてきた。

「あーあー、中尉はいいねぇ。こんな美人と常に二人っきりで。俺、前々から会ったら聞きたいと思ってた事があったのよ」

 ジェイクはにやりと笑みを浮かべると、声を潜める。

「エリアってどうなの。普段は強気だけど、アレの時は意外と大人しくなったりするわけ?」
「……はい?」

 突飛な話の内容に、セツナの理解力が追いつかない。

「すっとぼけんなって。あんたら噂になってんぜぇ。
 常に一緒にいて何も無いなんてこたぁねぇだろ? ん? もったいぶんなよ減るもんじゃねぇし。潔癖そうにしてて、案外積極的に跨って来たり」
「殺す」

 ジェイクの言葉に耐え切れ無くなったエリアが、遮るように低音で呟いた。
 エリアの怒りに呼応するように、ゆっくりと魔法陣が形成されていく。
 セツナは静かに、それでいて素早く避難を開始する。ついでに、遠巻きに見ていた一般兵士達へ逃げろ、とジェスチャーを送っておくのも忘れない。
 一方、魔法陣を見たジェイクが流石に表情を変えていた。

「ちょ、ちょぉ待て。お前、何する気だ!」
「黙れ喋るな二酸化炭素精製機」

 エリアの身体から静電気の様なものが走る。
 殺ると決めたターゲットを見据える暗殺者のような瞳。手の平へマナの光が収束していく。

「死ね」

 凶悪な笑みと囁き。
 実際は声を掻き消す程の雷鳴だったが、セツナの耳には確かにそう呟いた声が聞こえた。

(また始末書か……)

 セツナはいかずちの余波に煽られながら、ジェイクの心配そっちのけで諦めの境地で嘆く。
 良い子の皆さんは、無抵抗の人間に魔法は打たないようにしましょう。

「お前今本気で殺す気だったろ!!」
「……ちっ」

 五体満足で叫ぶジェイクの姿を確認すると、エリアは残念そうに舌打ちした。
 彼の前には不可視の壁が出来ていた。物理的なものから今の様な魔法で作られた衝撃まで遮る、シールドという防御の魔法の中でも高位の魔法だ。
 本気を出しているわけではなかった(と、信じたい)とは言え、それでもエリアの放つ魔法を防ぐ程のシールドを短時間で生成する腕前は見事だった。
 無抵抗の人間に魔法を打つのはどうかと思うが、知り合いらしいこの二人、このやり取りが茶飯事なのかもしれない。

「ったくもー乱暴だなぁ。これで建物まで破壊したらどうする気だったんだ」
「それは経費で落とすわ」

 エリアが傍観していたセツナの方へ身体ごと向けると、滅多に見せない笑顔で付け加えた。

「セツナが」
「俺!?」

 とばっちりの予感。セツナが顔を引き攣らせていると、ジェイクが笑う。

「あんたら面白いなー。でもよ、夫婦漫才はそのへんにしてくんない? 今の騒音でギャラリー集まってきちゃったじゃん」
「いや、漫才してたのは俺じゃなくてお前ら……」
「ほれほれ、責任者とか出てくる前にトンズラすっぞー」

 ジェイクはすでに背を向けて歩き出していた。

「……」

 どいつもこいつも、人の話を聞かないヤツらばっかりだ。











 人が、殺された。

 最初の犠牲者は会社勤めのごく普通の男性だった。結婚しており、子供もいる。
 その日はたまたま仕事が溜まっており、帰路に着くのが深夜になった。当然。出歩くような人の数も少なく目撃者の証言も得られない。
 体を鋭利な物でめった刺し。死んだあと胸を開き、内臓を掻き回した形跡があった。そして最後に。犯人が持ち去ったのか定かではないが、被害者の心臓だけが無くなっていた。
 事件はそれだけでは終わらない。
 数日後、同様に心臓だけが無くなった女性の死体が発見される。
 初めの遺体よりは比較的綺麗な状態ではあったが、逆にその姿が犯行の慣れを思わせた。
 捜査を行っていた警察は、これが連続殺人であると断定する。
 しかしこの被害者二人に接点は一切ない。共通点があるとすれば、ごく普通のどこにでもいるような一般市民という点だろうか。
 テロとも怨恨とも結び付かないこの事件の犯人の目的は、単純に殺したいから殺していると言うことだ。
 犯人にとってこの行為は、日常生活において必要な行動。呼吸をするのと同じ感覚で、殺人を犯しているのだ。それは、犯人を捕らえない限りまた同様の人殺が起こると言うことを暗に指している。

 そして、三人目の犠牲者は、

「軍人で魔道士の資格持ち、か……」

 渡された資料へ目を通しながら、セツナは呟く。

 ジェイクが鼻歌混じりに運転するレンタカーの助手席に、セツナは座っていた。
 初めは誰が運転するかで揉めたが(ジェイクが後ろの席でエリアの隣に座りたがったが、エリアは当然拒否した)結局は埒が明かないと言うことで無理矢理この形で落ち着いた。
 エリアは後ろの座席でぼんやりと外の景色を眺めたまま、無言を決め込んでいる。もともと喋る方ではないが、また寝ているのでは、と思うほど静かだった。

「あんたらはこの町に現れた連続殺人鬼の討伐、俺は情報収集兼サポート。今回の俺達のお仕事って訳だ」
「“討伐”、か……」

 セツナは歯切れ悪く呟いて視線を落とした。
 犯人が“何か”も分かっていない段階で下された命令。仮に人間だったとしても、殺害して構わないと言うことだ。

「あんたが言いたいことはなんとなく分かるけどねぇ。証拠がないから断定してないってだけで、こいつは魔法の心得があるヒトの仕業だろうよ。でもねぇ。被害者にゃ戦闘のプロもいたんだ。そんなん殺せるような危ない人間が分別なく殺人しまくってんなら、ケダモノが町中うろついてんのと変わんねぇよ……ってのはまあ、あんたの方が良く分かってると思うけどね」

 ジェイクの言う事はもっともだ。
 しかし分かってはいても、ヒトを殺せと命令されるのは気分のいいものではない。犯人に同情するつもりもないが、セツナは知らず、苦い表情を浮かべていた。

「俺よりベテランだと思ってたけど、案外そういうこと気にするんだなあんた」
「甘いって言いたいんだろ」
「否定はしねぇよ。でも人の考えに口挟むつもりはねぇしぃ」

 ちらりと、ルームミラーに視線を投げる。

「後ろのお姉さんも怖いし?」

 エリアがふんと鼻を鳴らし、腕を組みながら窓の外へ目を逸らした。
 二人の仲の悪さに呆れながら、セツナはこそこそと資料をカバンの中へ戻す。ふと、欠伸が出そうになるのを噛み殺した。

「俺も突然言われて昨日の夜着いたばかりだったりするけどさぁ」

 ジェイクが呆れたように横目を向ける。

「あんたらは徹夜明けで事前情報もなく飛ばされてきたんだろ?どんだけ扱き使われてんの」
「……まあ、そろそろ訴えたら勝てるかなとは思っている」

 思わず苦笑せずにはいられなかった。
 だが、若干の疲労は感じていても、一日徹夜したくらいで動けない程ではない。もっと過酷な環境を強いられることはよくあるし、そのための鍛錬もしている。この程度ならば余裕で許容の範囲内だ。
 ……と、思ってしまうところが面倒事を押し付けられる要因なのかもしれない。セツナは反省した。

「あの団長殿ねぇ」

 ジェイクは意味深に呟いた。

「鬼畜だけどかわいい顔してるからついつい言う事聞いちまうっつーか。俺達とおんなじモン付いてるなんて信じらんねえよなぁ」

 ごんっ、と鈍い音。ジェイクの発言に動揺したセツナが、持ち上げた膝を狭い車内でしこたまぶつけた音だ。
 なんつーオソロシイことを言っているんだコイツは。
 彼は、セツナたちの同僚――特務師団の古株とも言うべきミリティアたちの間で一種のタブーとなっている事柄を、さらっと言ってのけた。その事実に思わず戦慄する。
 我の強い変人の集まりである特務師団のトップを張れる実力を舐めてはならない。見た目だけは華奢で可愛らしいお兄さんかもしれないが、彼は愛くるしい笑顔を浮かべながら魔法種の最高峰、ドラゴンすら一人で相手取るのだから。

「お前、命知らずの馬鹿だって言われないか」
「えー別にそんなことはないぜー。女好きの馬鹿はあるけどな」

 この場合、同義だろう。セツナが出掛かった言葉を飲み込んでいると、ジェイクは速度を落とし路肩へと車を寄せる。ハザードランプを点灯させ停止したのは、宿屋と思われる建物の前だった。

「はい到着ーっと。俺は色々調べもんしてくっから、また夜にミーティングってことで」

 荷物を纏め、車から降りたセツナは尋ねた。

「なんか手伝う事は?」
「別にねーかな。テキトーに休んどくなり時間つぶすなりしててくれ。いざって時に動けない方が俺的に困るし」

 意外と気の利く言葉に感心していると、ジェイクが何かを思い出したようにあ、と声を上げた。

「俺がいないからって二人でエロい事するのは無しだからな」
「するか!」

 こいつの頭の中はそればっかりか。
 俗っぽい笑みを浮かべるジェイクの運転する車が走り去っていくのを見届けながら、セツナは溜息を吐いた。眠そうに欠伸をしていたエリアへ、思わず猫背気味になりながら向き直る。

「とりあえず部屋取ってくるな」

 エリアが素直に頷いた。彼女にとって不愉快極まりない存在のジェイクがいなくなった途端、機嫌が向上したようだ。
 自動ドアを潜るとすぐ目の前に受付が構えてあった。カウンターの奥からすぐに若い女性が姿を見せた。

「予約はしてないんだけど、いいかな」

 女性に話しかけると、大丈夫ですよと人の良さそうな笑みを浮かべる。

「お部屋はどのようにいたしましょう?」
「シングルを二部屋」
「ダブルで」

 突然、セツナの背後から顔を出して来たエリアが割り込むように言った。
 受付の女性が困惑げに二人を交互に見た後、それでいいのか、とセツナに視線で尋ねてきた。
 微妙な空気が漂う。
 男女がダブルの部屋を取るということは導き出される答えは一つしかないだろうが、当然自分達はそんな関係ではない。軽々しく同じ部屋にするわけにもいかず、眉尻を下げてエリアを見た。見返してきた深紅の瞳が、譲る気はねぇぞ、と物語っている。その頑なな瞳に屈しかけている自分を感じていた。

「えー……っと、」

 押しの弱さを自覚しながらセツナは、考えた末に折れた。

「ツインで、お願いします」













 用意された部屋に荷物を置いた後シャワーで簡単に汗を流し、まず二人が向かったのは食事が出来る店だった。
 エリアはパスタの麺を絡めとりながら、時折セツナに視線を投げてくる。セツナはその視線に耐えながら、食後のコーヒーに口を付けていた。
 彼女が主張したダブルの部屋にしなかったことを根に持っているのだ。
 確かに。今まで何度注意して宥めすかしても、セツナが寝ている布団に潜り込んできた。最近ではセツナも諦め気味で、よく一緒に寝るはめになってはいる。しかしプライベートの時ならまだしも、世間の目に触れる場では如何なものかと思う。だからジェイクのようにあらぬ誤解をされたりするわけだが、エリアには自覚がないようだ。
 セツナはどうしたものかと頭を悩ませた。
 かちゃりと小さな音を立てカップを置くと、もう何度目かになるがエリアと目が合った。

「食べ切れないようなら残してもいいぞ」

 苦し紛れに関係無い方へ話題を持って行ってみる。エリアが小さく頭を振った。

「それは大丈夫」

 言いながらエリアは、まだ若干皿に残るパスタをゆっくりとした動作で巻き取り、小さめな口へと運ぶ。彼女は小柄な見た目通り小食と言うわけでもなく、人並みに食べる。動作が緩慢で時間がかかっているのは、満腹だからでもセツナに不満をアピールしている訳でもなく、単純に眠いからだろう。
 セツナはこっそり胸を撫で下ろした。いつまでもベットの問題で難渋していても仕方がない。
 エリアが食事を終えるのを待ちながら、町並みへ視線を向けてみる。
 町はひっそりとしており、どこか物悲しい様子だった。いくら地方の田舎で人口が少ないとは言え、今は休日の昼間なのだが。人通りが全く無い訳ではないが、道行く人々が纏う雰囲気はどこかピリピリとしていた。
 無差別に人を殺して回っている犯人がまだ捕まっていないのだから無理もないか、とセツナは思った。
 ジェイクが、犯人は“魔法の心得がある”者の仕業だと断言していた理由は、セツナも分かる。
 被害者の心臓が総じてなくなっていた点だ。
 生物の血液にはマナが宿る。
 血液の流れがもっとも集中する、生命の核とも言える心臓には個人差はあれど膨大なマナが凝縮されている。
 そして。マナを欲する発想は、魔法を扱う人間でなければ持ち得ない。
 奪ったマナの源を自分のものにする為には、単純に体内に取り込めばいいわけだが――
 セツナは溜息を吐いた。
 止めよう。
 食事時に考えることではない。

「セツナ」

 ふいに呼ばれ、視線を声の主へと向ける。
 見ると、彼女の前の皿にあった料理はきちんと完食されていた。

「もういいのか?」

 セツナの問い掛けに、エリアは無言で頷く。
 二人分の勘定を済まし店を出たところで、セツナはさて、と独り言のように呟いた。

「これからどうすっかなぁ」

 身体を伸ばしながら思案する。

 力を得る方法は至極単純なわけだが、そう単純にうまい話などあるはずがないのが世の中の作りだ。当然、大きなリスクがセットになって着いて来る。
 過剰なマナの摂取は、マナ中毒を引き起こすのだ。
 現状では昼間に事件が起こっていない分、まだ最悪な事態にはなっていないと言える。殺人衝動が抑えられないとは言え、隠れて事を起こそうと思うくらいの理性は残っているからだ。
 だが、犯人が完全にマナに呑まれてしまった時、この町は地獄のような光景が広がることだろう。そうなる前に犯人を見つけ捕らえるか、必要ならば抹殺しなければならない。
 ただ、一刻を争うとは言え、セツナたちが受け持つのは戦闘だ。
 犯人探しは情報収集を任せたジェイクか、警察の方が適している。彼らが犯人の情報を掴めてない以上、セツナたちは動きようがない。
 はっきり言って、暇だった。
 とは言え、大人しく部屋で待機しているような性分でもなく、こうして町を散策するように宛ても無く歩いていた。
 エリアは欠伸を噛み殺しながらも頑なに、そんなセツナに着いて歩く。
 大雑把で大胆なところがある様に見える彼女だが、意外にも繊細な部分があった。
 人見知りし、人が集まるところへは行きたがらない。怯えている節がある、と言ってもいい。任務で各地を転々とすることが多い職業柄、初めて訪れる土地へ来た時などは特に顕著にその傾向が現れる。
 なんでもない様に振舞っているがダブルベットに拘っていたもその一端で、なるべく気心の知れたセツナの傍にいようとするのだ。

 そんな彼女の性質を良く分かっているセツナが、この意味の無い散歩に付き合わせるのも悪いかなと思い始めた頃だった。

「何だ?」

 町の中でも賑わう部類に入る一画であろう。多くの店が並び、噴水のある広場へ差し掛かった時だった。
 辺りの空気が騒然としている。この町の張り詰めていた空気が一気に弾けた様に。
 足を止める人達に倣い、セツナ達の足も止まる。
 騒ぎの元凶は喧嘩のようだ。
 若い男性数人が一人の相手を囲い、鋭い罵声を浴びせている。
 ただ、普通の喧嘩と違うと思えるのは、囲まれているのが幼い少女だったからだ。

 男性の一人が、少女を“魔女の子”と罵る言葉がこちらの耳にまで届いた。

 いつ暴力沙汰になってもおかしくはない程に緊迫した空気。
 これはさすがにマズいかも。そう思ったセツナだが、彼よりも早く動いた人物がいた。普段周りに無関心なのだが、たまにこうした気まぐれを発揮する時がある。
 セツナ自身、ああいう暴力で弱者を陥れるような行為は許せないタイプだ。それに、正義感が強いのは美徳とも言えるだろう。
 ただ、問題があるとすれば。
 例え相手が戦う事に慣れていない様な一般人が相手でも、その人物は手加減すると言うことを知らないのだ。

 ……頼むから。面倒事は増やさず、穏便に。

 セツナは最早癖になってしまっている溜息が出るのを、止めることができなかった。






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