12


灰色の煙をあげだした一本のタバコ。

サラはそっとライターの炎を消した。


「いいのか?また…前の俺に戻るかもしれねーぞ」

「私はこっちの方がいいの」


いつもの煙臭い香り。

これが体に染み付いたナイジェルの匂いだ。




はぁ…

相変わらず変わった奴だ。

こんなダメな人間の方が良いなんて。

男を見る目がまるでない。





まぁ。

俺はこの女のこういう所に惚れてるのかもしれないがな。



「フゥー…」


彼の中で何かが吹っ切れたのか。

首を締め付けていたネクタイを緩め、ピッチリ上まで閉めていたシャツのボタンを2つ開ける。

手首のシャツのボタンも開けて、暑苦しかった袖を巻いてしまう。

そして最後にだらしなく足を組み、口から濁った煙を吐いた。



……………

「あ!ちょっと何やってんの、ナイジェルッ…」

「待て!」

陰のビッキーが思わず飛び出そうとするが、そこは咄嗟にジムが引き止めた。

……………



「あぁ、なんだってんだよ、最初から何もしなくて良かったじゃねーか。
なんだよ、あのクソ講座!今時『イエース!』なんて言う人間いるかっての!お前の頭がエヌ・ジーだよ!」

「何の話?」

「だから…あーもう面倒くせぇからいいや」


無造作に頭を掻いたナイジェル。

せっかくセットした髪がぐしゃぐしゃになったが、これが普段の彼の姿。

サラにはそのタバコがいつも以上に彼に似合っているように見えた。


「なんかよくわかんないけど…まぁ、良いんじゃない。アンタはこのままで」

「まぁな。お前がこれからその路線で行けとか言ったらどうしようかと正直不安だったけど(笑)
やっぱ俺が見込んだだけの女だな。俺の気持ち良くわかってんじゃねーか」

「そうやってすぐ調子に乗るからダメなのよ。でもなんで嫌なのにイメチェンしようとしたの?」

「もうイメチェンとか若返りとか聞きたくねぇ」

「意味わかんない。もういいわ、とりあえずずっと皆を探してたらお腹空いた。何か食べ物…」




「待てよ」

「…ッ」

サラが立ち上がろうとした瞬間、ナイジェルは強引に彼女の腕を引っ張り体を引き寄せた。


「ビックリした。何すんの?」

「馬鹿じゃねーの、お前。んな優しい言葉かけといて、はい終わりで済む程男は甘くねんだよ」

「私は思った事を言っただけよ」

「男がそう捉える言い方をすりゃ、そうなんだよ。いーから目閉じろ」

「………ッ…」


少しは覚悟していたのか、彼女も抵抗はしない。


「ちょっとタバコ臭いかもしれねーけど…我慢出来るよな?」

「………。」


頷いたのか、そうではないのか…

わからない程の彼女の小さな首の動き。


軽く肩を抱き寄せられ


閉じていく視界。







もうこのまま、誰も帰って来なくていい。








「「……っ!!!!」」


顔を真っ赤にするジム、ビッキー、ボビー。

そして…









ガッシャァァン!!


















「………!?」


突然響き渡った凄まじい轟音。

その音にサラが閉じていた目をパチクリ開くと、目の前のナイジェルは既に姿がない。

横を見ると、彼は無残に壁まで吹っ飛ばされていた。




「はい、目標達成出来ましたぁー。もうこんなくっだらない企画はおしまいですよー」




無駄に爽やかな男性の声。

その正体は足を突き出したリッキーだ。

どうやらナイジェルは、彼にとんでもない力で足蹴を受けたらしい。

その証拠に彼の可愛い笑顔の裏から、黒い何かが目に見えて顔を出してしまっている。


「リッ…リッキー!?なんで!?」

誰もいないと思い込んでいたサラの顔は真っ赤。

リッキーがいる驚きと、何故ナイジェルが突然蹴られたのか全くわからず、ただただ呆然とするばかりだ。


「サラ。あんな雰囲気だけで男のペースに飲まれちゃダメですよ。ほら、皆見てたんですから」

「そ…そんなわけじゃ…って…え?みん…な?」


リッキーの指さしていた方向には隠れていた他3人の姿が。

急いで見えないように頭を隠すが、そんなのもう遅い。


「アンタ達、いつからいたのよ!?」

「いや…結構最初から…」

「信じらんない!え!?なんなの?一体!」


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