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サラが連れて来られた休憩室のドアの前には、既にジムとボビー、リッキーがコソコソとしゃがんで集まっていた。
そんなに重大な事件なのだろうか。
「あ、来た来た!サラ、こっち来い!」
彼女が連れて来られた事に気がつくと、ジムが手招きをする。
「どうしたの?」
「いいから、とにかくこの部屋の中を見ろ!」
ビッキーにも手を引かれ、ドアの隙間から中の様子を窺ってみる。
そこには問題のナイジェルが、ひとりタバコを吸いながら退屈そうに雑誌を読んでいた。
テーブルの上には同じような雑誌が4〜5冊置いてあり、一冊読み終わるともう一冊と手に取って読み進める。
「雑誌を読んでるだけじゃない。どこがおかしいの?」
しかしサラの言う通り、特におかしい所もない。
常に退屈で昼寝ばかりしている彼なら、暇潰しに雑誌を眺めるくらい普通の事だ。
「その雑誌が問題なんだよ!よく見てみろ!」
雑誌が問題?
ジムの言葉に彼女が目を細めてよく見てみると…
『必見!流行イケメンの作り方!』
『女性にモテる30のポイント』
『美しい表情の作り方講座』
本の表紙には、このようなタイトルばかりが並んでいる。
「な!今日のアイツ、絶対おかしいだろ!?」
「お洒落に目覚めたんじゃないの?別に大した事じゃないわよ」
「大した事だろうが!これどう見ても大した事だよ!お前、普段のナイジェルを忘れたのか!?」
*****
「作詞?んな素人の俺らに出来るわけねーだろうが」
「運動会なんて、んな幼稚なもん出来るわけねーだろ。ガキじゃないんだっつーの」
「だるい、もう面倒くせーよ…」
*****
ふわふわと思い出される、彼のイケメンとは程遠い言動達。
何事にも非積極的で「気合いを入れて何かを始めよう!」なんて考えをいきなり起こしているなら
どこかですっ転んで頭を強打したか、道を歩いていたら宇宙人に誘拐されて脳を改造された…としか考えられない。
私的には後者の方が面白い。
とりあえず、確かに今までのナイジェルを見ていれば「格好良くなりたい」なんて思う事はまずない。
彼が若者向けのお洒落雑誌を読むなんて、考えてみればおかしな話だ。
一時、頭の中で考えてみるサラだが
「んー…まぁ、いいんじゃない?これからそういう路線でいってみるのも」
「馬鹿か。オッサンの無理な若作りなんて、どこのマニアックなんだっての!それにお前だって、変わってしまったアイツをまたイチから愛する事が出来るのか?」
「いや、愛してないから」
「嘘つくなよ!俺にはちゃんとわかってるんだからな!なんだかんだ言いながら、お前は…」
「何してんだ?」
「……ッ…」
聞き慣れた声がして、全員がドアの方を見た。
扉は開かれ、すぐ目の前に先程まで雑誌を読んでいたナイジェルがポケットに手を突っ込みながら話しかけていたのだ。
「ナイジェ…え…聞こえてた?」
「は?」
眉をひそめて首を軽く傾げている。
どうやら彼の耳には届いていなかったらしい。
はぁ…良かった。
一同はホッと胸を撫で下ろす。
「あ…それより、俺ちょっと出かけてくる」
「え?…あぁ、そうか。どこに?」
「美容室」
「そうか。わかっ……へ?」
笑顔だったジムの目が、言葉の途中で急に点に変わった。
全員が動けなくなっている間に、彼は新しいタバコに火をつけながら歩き出し…
猫背の背中が若干伸びたような姿勢で外へ出てしまった。
ビッキー「今…なんて?」
リッキー「『美容室』って。あの人なら百歩譲っても『床屋』でしょう」
ボビー「いや、聞き間違いさ!きっと彼は『病室』って言ったんだよ!」
ジム「そんなわけあるか。普通『病院』だろ。なんでいきなり『病室』?」
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