13
バタンッ!
いつもより雑に自室の扉を閉めたビッキーは、すぐに鍵をかけた。
何よ…私…
馬鹿みたい。
息が荒いままドアに背を預け、ズルズル落ちるようにしゃがみ込んだ。
電気もつけない真っ暗の部屋の中。
啜り泣くような声が聞こえる。
ゴンゴンッ!
「ッ…?」
真後ろの扉が強く叩かれ、背中から振動が伝わった。
顔に当てていた手を少し離すと、手の隙間から涙の光が見える。
「オイ、ビッキー!いるんだろ?開けろよ!」
ジムの声だ。
「おい!ビッキー!」
何度も名前を呼んでドアを叩いてくる。
嫌!会いたくない…!
来ないで…!
「ビッキー!」
こんな私、見せたくない。
こんなダメな私…見られたくない!
「いるんだろ!?わかってんだよ!」
中からの返事はないのに、扉を叩き続けるジム。
嫌…!
やめて!
「ビッ…」
「……ないわよ…」
「…え?」
「いないわよっ!」
思ったよりも近い。
扉のすぐ向こう側から、ビッキーの怒った声が聞こえて彼は手を止めた。
「な、何言ってんだ?『いないわよ』って言ってる時点でいるじゃねーか!」
「うるさい!馬鹿!あっちいって!」
しかもいつも以上に言ってる事がめちゃくちゃだ。
やはりナイジェルの言っていた事は本当らしい。
彼は声のボリュームを下げ、ドアに向かって頭を下げた。
「悪かったな。今日は色々と心配かけたみたいで」
「意味わかんない!そんなの私が勝手に勘違いして、ひとりで勝手に落ち込んだだけじゃない!なんでアンタが謝んの!?」
「だから、心配かけてごめんって」
「謝んないでよ!あぁ、もうムカつく!」
「……あぁ!?」
途中までは大人しく謝っていたが、彼女のその一言にジムの眉はピクリと動いた。
どうやらカチンときたらしい。
「お前な!人がこんなに丁寧に謝ってるってのに!なんだその態度は!」
「私がどういう態度を取ろうが私の勝手でしょ!?」
「なんだと、お前ちょっと出てきてみろ!お前なんかな、俺の一撃であっという間に捻り潰して…」
「うるさい!大体、アンタなんで地味のくせに名前が『ジム』なの!?」
「ここで地味ネタは関係ないだろうが!」
また始まった。
ふたりお決まりの口ゲンカ。
「いいじゃない、私の事は放っといて!」
「放っとけないから、こうやってわざわざ来てるんだろ!」
「そーいうのお節介っていうの!こっちから来てなんて頼んだ覚えはないから!」
「悪かったな、俺のお節介は生まれつきなんだよ!開けろ、コラ!」
「もう帰ってよ!ウザい!」
「チッ…人が心配して来てみれば、お前最低だな!」
ガチャン!
「そうなの!私は最低の人間なの!!」
「……ッ」
勢いで鍵を解除し、ようやく扉を開けて顔を出したビッキー。
暗くてよく表情は見えないが、その目が真っ赤になっていたのはジムもすぐにわかった。
「ビッキー…」
「何よ!?」
必死に強がっているのか。
ドアノブを強く掴んでいる手元から軋む音が聞こえる。
「ありがとう」
「…は?」
ジムの一言に、元から大きなクリクリおめめが更に大きくなる。
「ナイジェル達から聞いたよ。お前が今日俺を心配してくれて、水族館で必死に探してくれた事。それからベランダに出て待っててくれた事も。
正直驚いた。こんな俺の為なんかにそこまでしてくれる女なんか今までいなかったからな」
「……ッ…」
彼女の目に溜まっていた涙が一粒。
頬を伝って、床へと落ちた。
「…わ……わたしは…」
「……ッ…」
下を向いて声にならない思いを、頭の中で何とかかき集める。
「ダメな人間なの…!
アンタの妹みたいに…美人じゃないし…
しっかりしてないし…
優しく出来ない…」
「………。」
「何も出来ない…
誰も…私の事なんか……構ってくれない…のに…
でも…
アンタは…ッ……たったひとり…
何があっても…私を一番に考えてくれて…」
「…………。」
声が震える。
自分でも今、何を言っているかわからない。
頭がめちゃくちゃ。
「…でも私…馬鹿だから…!アンタの気持ち……ずっと…知ってたのに…」
「ビッキー…」
「初めて知ったの!アンタが私から離れてしまったら、こんなに苦しいんだって!
こんなに寂しくて…!
こんなに悲しくて…!
涙が出てくるんだって…」
言葉の語尾はだんだんと小さくなり、代わりに出るのは大粒の涙。
雫は零れ落ちて、床を濡らしてゆく。
「だから……だか…ら…」
ガチャンッ!
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