12


ナイジェルは黙ってビッキーの方を見た。

全く口を開かないし、やはり元気がない。

普段はピーピーうるさいガキだと思っていたが、ここまで静かだとなんだか寂しい気もする。


「おい…ビ…」

「さてと!じゃぁ、私も寝るね!」


我慢しかねた彼が名前を呼ぼうとした瞬間、彼女は立ち上がった。

無理に笑顔を作っているのか、必要以上にニコニコしている気がする。

見ていると心が痛む。


「お、寝るか?じゃ、俺は喉渇いたし…何か飲んでから寝ようかな」


ついさっきまで何があったかジムは知らない。

ビッキーの様子を気にする事もなく、彼はコーヒーでも飲もうとキッチンへ向かった。


「じゃね!おやすみ!」

彼女はソファーに座っているリッキーとナイジェル、そしてボビーに笑顔で手を振り、いつもより早足で部屋を出て行く。


「ビッキーちゃん…」

ボビーは心配そうな声で呟いた。

やはり皆、彼女の事を心配している。

そこで足を組んで座っていたナイジェルは重たい腰を上げ、キッチンへと向かった。


「…ん?」

お湯を注いでいたジムは、後ろから急に肩を掴まれて振り返る。


「どうした?」

相手がナイジェルだとわかり、彼はまた背を向けてお湯を注ぎ始めた。


「何か言ってくれば?」

「は?誰に?」

「ビッキーに」

「ビッキー?」


その名前を聞いた瞬間、注いでいた手が止まった。

「どうして?」と顔に書いてある表情で、何も言わずにナイジェルの方へとまた顔の向きを戻す。


「アイツ、お前に女が出来たかもしれないと知ってから、なんか気が気じゃなかったらしい。俺らがお前を水族館で探してる時だって、ひとり必死に走り回ってただろうしな。
帰ってきた後も、テレビ観てても飯食ってても元気なくてな。風呂から出た後もまだ乾ききってない体のまま、ついさっきまでベランダでお前の帰りをずっと待ってたんだ」


「……ッ…」


言葉が出てこないジム。

普段と変わらない様子に見えたし、俺も特に気にしていなかったから。

知らなかった。気づいてやれなかった。何も。


「アイツの事、普段はただうるさいだけの小娘としか思ってなかったけど。全然喋らないアイツを見てると、なんかすげー可哀想っつか…辛ぇんだろうなって。
無理して笑顔を作って明るく振る舞って。見てられねんだよ、そんなの」



そこでリッキーとボビーもキッチンへやってきた。

「今日彼女…俺と一回も自分から目を合わせようとしてくれなかったんです。ずっと外と時計だけを見つめていて、貴方の帰りを待っていました。
普段は確かに俺の所へ走って来てくれるし、貴方が名前を呼んだって振り返ってくれない人かもしれないけど。

でも今日貴方を失いかけて、ジムの事しか見てなかったんだと思います。俺じゃなくて、貴方の事しか頭になかったはずです」


リッキーの言葉を聞いてもジムは動かない。

そこでもう一度ナイジェルが口を開く。


「まぁ、お前は何も知らなかったから謝ったりする必要なんてねぇのかもしれないが、一応心配かけたわけだし一言なんか言っておいた方がいいんじゃねぇの?」









一時の沈黙。


全員の視線がジムに集まる中、彼は決心したように前を向いた。



「はい、これやるよ」


彼は出来上がったばかりのコーヒーを目の前のナイジェルに渡し、急いでキッチンを飛び出した。


「はぁ、もー…なんか疲れたわ」

彼は苦そうな顔をして、それを一口だけ音を立てて啜る。


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