それは5分前の出来事だった。

「ったく、アイツも色々と面倒くせーな」

途中から捜索に疲れてしまい「珍しい魚コーナー」をフラッと見学しながら、ナイジェルは周りを見回していた。

ジムは未だ見つかっていない。


「うわなんだ、あの魚。ボビーと同じ顔してんじゃねーか。ボビギョか?ボビギョっていうのか?」


人より魚の方をよく見ているようで、あまり真剣に探している気配はない。

彼の性格上いつもの事だ。


「…ん?」

噂のボビギョをなんとなく眺めていると、ふと見慣れた影がある事に気づいた。

水槽を挟んででは影がふにゃふにゃで、まだその人物とは断定出来ない。

急いで水槽から離れ、肉眼でその人物を確認した途端…


「あれは…」

思わず声が漏れてしまった。


彼の視線の先にいたのは、今まで探していたジムと

もうひとり。


薄群青の軽くパーマがかった髪をゆるく横に束ねた、細身で小柄な美女が。

口の左下にあるホクロが印象的だ。

ふたりは仲良さげに、海の生き物に触れられるコーナーにいた。

ヒトデに触った後、笑い合って何かを話している。

内容は全く聞こえない。

ただ端から見る限り、あのふたりが恋人関係にあるのは間違いなさそうだ。

100人に訊いても恐らく90人はそう答えると思う。


ナイジェルは彼らに気づかれないように水槽の裏に隠れ、右手でタバコを挟んで、もう片方の手で携帯電話を開いた。





……………




その後、電話で呼んだリッキー・サラ・ボビーが急いでナイジェルの元へとやってきた。

3人は大きめの水槽の陰から、こっそりとその光景を覗き込む。


「凄い綺麗な人じゃないですか!あの人がローラさんですかね?」

「全くジム君にはもったいないよ!…僕も立候補してくる」

「わ!ダメですって、ボビー!」


出て行こうとしたボビーの背中をリッキーが慌てて引っ張った。


「それよりビッキーを連れて来なくて正解ね。あの子、こんな状況見たらショックで気絶しちゃう」


目線の先の彼らは仲良く笑い合い、ジムは彼女の頭にぽんぽんと手を置いていた。

とっても幸せそう。

女性も…そしてジム本人も。









「…帰るか」

「えっ?」


ナイジェルの呟いた言葉を聞いて、サラも言い合いをしていたふたりも顔を上げた。


「お前らの考えてるような極悪女でもなさそうだし…何よりジムのあんな楽しそうな顔は初めて見る。ありゃ間違いなく本命だ」

「でも…じゃぁ…」


全員が恐らく同じ女性の顔を思い浮かべていた。


「男と女の関係っつーのは、どう転んでもおかしくないって事だ。ビッキーにも勉強になるだろ」


俯く3人。

もちろんそれを言った本人も辛そうな表情だ。

人はいつ恋に落ちるかわからない。

自分の信じていた相手だって、いつそうなってしまうのかわからない。

それが今回、たまたまビッキーに降りかかっただけだ。

彼女の悲しい表情が頭にちらつく中、ナイジェルの咥えているタバコの煙だけがフワフワと宙を舞っていた。


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