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……………
ガチャン
ジムが部屋に入ってから10分が経過し、扉が開く音が聞こえる。
支度が終了したらしく、彼は玄関へ向かおうと通り道であるメインルームへ再び足を運んできた。
「………。」
自販機で炭酸ジュースを買って、立ちながら飲んでいたサラが何も言わずに彼をじっと見る。
「ん?どうした?」
「いえ…別に」
こちらを怪しげに見てくる彼女にジムは首を傾げる。
まぁ、こんな顔をされるのも無理ない。
いつも無造作の髪を綺麗にセットして、普段着ないようなストライプの洒落た服に小綺麗な靴。
首には銀色のアクセサリーも付けて、いつもと違う派手な雰囲気だから。
普段の「地味」な「ジム」ではない。
彼女はその後、何事もなかったように目を逸らして髪をかき上げた。
ジムは傾げていた首を元に戻して、再び玄関へ歩きだす。
「それじゃリッキー、サラ行ってくる。あ、あと俺今日晩飯いらないから、食事当番のナイジェルに言っておいてくれ。じゃ、行ってきまーす」
ジムはなんだか楽しそうに手を振り、メインルームを出て行ってしまった。
その笑顔が残されたふたりの不信感を一層募らせる。
「どうしたんでしょうか。ジムがあんなにお洒落して出かけるなんて」
リッキーはテレビから目を離し、玄関を見つめたまま口を開く。
「そうね」
「それにあの人、最近出かける事多くなりましたよね。先週の休みもあんなお洒落して出かけてたし。先々週なんて、宇宙人みたいな変なぬいぐるみをたくさん持って帰ってきてましたよ」
スナック菓子を食べ終わり、袋を綺麗に折り畳む。
クズを口の端に付けたまま、リッキーはサラを見上げた。
確かにこんな事は前代未聞だ。
地味で有名なジムが目一杯お洒落をして、しかも毎週のようにどこかへ遊びに出かけているなんて。
これは何かあったに違いない。
「怪しいわね」
「何がですか?」
決まってるじゃない、と握っていたジュースの缶を渡しながらサラはリッキーの隣に座った。
「くれるんですか?ありがとうござい…あ、空だ」
「これよ」
「ちょっと…あんまり…え?これってなんですか?」
サラが出した右手。
小指だけがピンと立っている。
最初は意味がわからなくて、リッキーも同じように小指を立てる。
…小指を立てる?
つまり
・
・
・
「え!?コレェッ!?」
「そうよ。他に何があるの?」
白目になって驚いたリッキーとは逆で、彼女はいつものクールな表情だ。
「え、だって…でもそれはないですよ。だってジムが好きな人って」
「わからないわよ。ビッキーに振り向いてもらえないあまりに、他の女に乗り換えたかもしれないじゃない」
「それはそうかもしれませんが」
「ジムはあんなオメカシして、色んな場所へホイホイ遊びに行く柄じゃないでしょう?女の為に色んな所へ連れて行ってあげてるのよ」
「んん…」
少し寂しそうな顔をしたリッキー。
彼は一時考えた後に目線を上げてサラを見た。
「まぁ、俺達がどうこう口を挟む立場じゃないですしね。どの女性を選ぶかは彼自身ですし、ジムがもし本当に好きになった人であれば、俺達は応援しなきゃいけないのかもしれません」
「そうね」
「「…………。」」
なんだかあまり良くない空気。
ふたりとも何も話さなくなり、唯一テレビの中のハイテンションなアメリカ人が、オーバーリアクションでダイエット器具を紹介している。
そして会話がないまま数分が過ぎた。
ピロロロ!
沈黙を破るように静かな部屋に電子音が響いた。
「ん?誰の携帯でしょうか?」
「リッキーのじゃないの?」
「俺の着信音じゃないです。サラのじゃないんですか?」
「私、携帯は部屋に置いて……あ」
向かい側のソファーに置いてある、光る携帯電話。
間違いない。
あの携帯から電子音が鳴っている。
「あ、あれジムの携帯ですよ。忘れて行ったんでしょうか」
几帳面なジムが携帯を忘れるなんて、これまた滅多にない事だ。
最近増えたストラップと共に青の携帯電話が振動し、そして一時経って音は止まった。
「………。」
そこで、またもや一時の沈黙。
ふたりはその携帯をじっと見た後、自然とお互いの顔を見合わせた。
「調べられるわね」
「いや…さすがにそれはマズいでしょう」
「こんな絶好のチャンスないわよ。どうする?リッキー」
「どうする?って、だからダメですって。なに俺を悪の道へと誘おうとしてるんですか」
こんなもんバレなきゃ大丈夫よ、とサラはソファーから立ち上がりテーブルの上に身を乗り出して、その携帯電話を掴んだ。
「大丈夫ですかね…」
「大丈夫よ。それより何?リッキーはアイツが悪い女に引っかかってないかとか心配じゃないの?」
「それは心配ですが…」
「じゃ、開くわよ」
サラは心配そうに見つめるリッキーをスルーして、ゆっくりとその携帯を開いた。
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