信じたものは都合の良い妄想を――、



ベランダでリンが呟くように歌う。わたしは暫くその姿をぼんやり眺めていた。信じたものは都合の良い妄想を繰り返し映し出す鏡。
…彼等は歌姫をやめたら何になるんだろ。わたしの知らない世界できっと変貌するんだ。美しいなあ。きっとわたしたちはそれが怖いから、歌わせつづけてるんだ。ここにいるリンも、きっと自由にしてあげられたなら、また新しい世界を作るんだろうね。



「ねえリン」
「なに」



あなたは新しい世界を作りたいの?自由になりたい?歌姫をやめたらどうなるの?頭の中ではサディスティックな言葉ばかり浮かぶ。マスターにあるまじき質問ばっかりだ。わたしは彼女を歌わせたくて、彼女のマスターになったのに。

ねえリン、ごめんね。歌わせてあげられなくてごめんね。サディスティックな言葉ばかり浮かぶ。まるで彼女はもう二度と歌えないみたいじゃないか。大丈夫、代わりの人間なら沢山、沢山いるはずだから。だけど、ごめんね。



「マスター?」
「リン、分かってるよね」
「…うん、マスター」



ここにいるという妄想は、結局のところ誰ひとりとして救わなかった。リンもわたしも救わなかった。現実に目を開こう、わたしは死んで彼女はそれを知りながら生きてる。だからずっと呟くように歌うんだ。現実から目を逸らすため。やっとこちらを向いたリンはすぐに視線を逸らした。



「あのね、マスターが今どこにいるのかも、もう、わかんないの」



わたしのことが見えていないんだ。つまりもうすぐわたしは消えるんだろ、この世から。



「リン」
「なに」
「さようなら」
「…さようなら」



いい子ね、リン。嫌だ、と泣かなくなったリンはとても強くなった。でもわたしは弱くなった。リンの瞳に溜まる涙を拭えない。わたしはわたしをやめたら何になるんだろ。またリンの我が儘をため息つきながら聞いてやる事なんてできるんでしょうか、神様。




きっとリンの知らない世界で変貌するんだ。美しいのかなあ。





20100708
初ボカロ