最近わたしは、本を読むことが趣味になっていた。
なぜかというと、一週間前ぐらいに祖母から貰った文庫本があまりにも面白かったからである。
それまでは読書なんて一切しなかった私は、これからは積極的に本を読んでみようかな、と思ったのだ。

ミオ図書館。わたしの住んでいる街にある大きな図書館だ。
図書館に来るのなんて何年振りだろう、とその大きな建物をまじまじと見上げる。館内に入る時は、少し緊張した。

―静かだ。たくさんの本が並んでいる。本の数より、館内にいる人の数の方が遥かに少なくて、不思議な気持ちになる。
本のにおい。
わたしにとってそれは、落ち着くにおいだった。
思い出す。幼い頃、祖母に連れられてここに来たことがある。
その時に嗅いだにおいだ。鼻が覚えている。

わたしは三階建ての館内を一回りしてみた。
ついこの間映画化し注目されている本もあれば、真新しくてピカピカな本、何年もここにあるであろう、埃を被った古びた本もある。
わたしは一階へ戻ってきていた。
何を借りようかと迷っていると、館内へ入ってきた男の人がひとり。
その人は服が全体的に青く、格好よかった。あの人はどんな本を読むのだろうか。
わたしはとりあえず推理小説の方を見てみようと、一階をあとにした。

するとそこにはさっきの青い男の人がいた。
立ったまま、分厚く難しそうな本を読んでいる。
余程本に集中しているのか、わたしが少し近づいても本から目を離さなかった。
その人の横顔を、まじまじと見つめた。とても、とても端正な顔立ちだった。
少し目をずらして男の人の前にある本棚を見上げる。かなり高い所に、わたしがこの間から気になっていた作家の本があった。
「あ…」
どうしよう、と思った。
あんな高い所にあられては、取りたくても取れない。脚立を探しに行こうと男の人に背を向ける形になった時、わたしの靴が図書館の床に強く擦れてキュ、とうるさい音を奏でてしまった。その瞬間男の人が本から顔を上げた。う、うるさかったかな、読書の邪魔してすみませんでしたあああ!
わたしが足早にその場を立ち去ろうとした時、後ろから声をかけられた。
「あ、待って、君、あの本取りたいのかい?」
男の人はわたしが読みたい本を指差して言った。
「え…はい…」
「ちょっと待ってね」
彼は読んでいた分厚い本を近くの本棚の隙間にぐい、と入れると、わたしの読みたい本を背伸びも何もしないでいとも簡単に取ってみせた。そしてわたしに差し出してくれた。
「はい、どうぞ」
「え、あ、ありがとうございます…」
「その作家の本は面白いものが多いからね、じっくり読んでみてね」
「はい、ありがとうございます…」
じゃあね、と男の人は読みかけの本を借りもせず図書館の階段を降りて行った。
わたしは世の中には親切な人もいるんだなあとつくづく思いつつ、彼とは趣味が合いそうなことがどこか嬉しかった。

の慈しみ


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