※流血表現が苦手な方はお戻りください


血が出ている、と認識したのが随分遅かったらしい。もう大分血は出ていて、指先の小さな傷にも関わらず手の甲へ向かって垂れている。血が垂れているのは薬指だったが、肌の色が白いだけに血が映えて見え、垂れている血の色もそれこそどす黒い赤といったところでなんだか痛々しい。
何処でこんな、と考えてみると思い当たる節は一つしかなかった。さっきグラエナに噛みつかれたんだった。この前ホウエンへ行った時に捕まえたんだけど、まだ全然懐いてくれていなくて、ポフィンをあげようとした時に。噛みつかれたという意識はあったものの、トレーナーであれば懐いていないポケモンに噛みつかれるなど日常茶飯事だから、大した痛みはなかった。ちゃんと傷を確認していなかったのがまずかった。
「絆創膏…」
とりあえずこれ以上血が垂れるといけないので、そばにあったティッシュペーパーで血を拭いてから傷口を押さえた。だけどそれも見る見るうちに赤い色で染まっていき、止まるのに時間がかかると悟った。
生憎絆創膏は持ち合わせておらず、左手の薬指にティッシュを巻き付けたまま動けない状態になってしまった。
(…あー早く止まらないかなあ…)
早く次の町に行きたいのにと、仕方なく道端のベンチへと腰を降ろす。その時だった。
「あれ、名前ちゃん?」
声がした方を振り向くと、そこには予想通り、エンジュのジムリーダーが。
「マツバさん」
「偶然だね、こんな所で。どうしたの?」
なんでもマツバさんは、一度ジムをお休みして修業に出ている途中だとか。ジムリーダーだろうと、更に強くなる為だったら妥協なんかしない。マツバさんは言った。すごいですね、と言うと「そんなことないよ、また名前ちゃんと戦いたいしね」と返された。
「ところでその指、どうしたの?」
やっぱり気になったのだろうか、私が押さえている左手の薬指を指差しながらマツバさんは言った。
「ちょっとグラエナに噛みつかれちゃって、血が出たんです」
私が半ば笑いながら答えると、マツバさんは大袈裟に驚き「大丈夫?絆創膏あるよ」とポケットの中を何やら探りはじめた。
(…そういえばこの人、修業中だっていうのにリュックとか何も持ってないなあ。荷物だけポケモンセンターに置いてて、今は散歩中とかかな?)
「いいんです、そんな」
内心絆創膏がなくて困っていたので願ってもないことだったが、マツバさんはジムリーダーだ。そんな偉い人に貰うなんてなんだか悪い気がして遠慮した。
だけどマツバさんは既にやっと取り出した絆創膏を私の指に巻き付けようとしているところだった。
「駄目。血まだ出てるよ、ちゃんと止めないと」
そう言ってマツバさんは私の左手の薬指に重ねられていたティッシュを取り、代わりに丁寧に絆創膏を巻いてくれた。
「…ありがとうございます」
その行動一つ一つがなんだか格好よくて、マツバさんは元から俗に言うイケメンなんだから勘弁してほしい。
どう致しまして、と笑うマツバさんは突然なにを思いついたのか私の左手をとって、顔を近づけてきた。
「え、」
ちょっと、近いですってマツバさん!
「左手の薬指、ってなんだか指輪みたいだね」
「…え?」
「婚約指輪みたいな、さ」
そう言って笑ってから、マツバさんは私の左手を離した。
私はまだその言葉の意味が分からなくてフリーズしていると、マツバさんは「じゃあね」と言い、手を振りながら何処かへ行ってしまった。
それからあの人が修業なんかしていないってことを知るのは、もう少し先の話。

薬指のばんそうこう
(ないしょの婚約指輪)

title byおやすみパンチ


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