強い豪雨が窓を叩く、こんなに酷い台風がきたのはこのホウエンでは久し振りのことだった。



時刻は午後8時を少し回ったところで、幼い頃から台風が苦手な私は自室のベッドの上で毛布に包まっていた。
(…早く、来て)
本来なら今日のお昼時には会えていた筈の相手。この豪雨のせいで彼の強力な手持ちポケモンでも、遠く離れたバトルフロンティアから私の家まで来ることは不可能だ。
けれど今夜私の家には両親が旅行により不在で、年頃の娘をひとりで置いていくのは心配だという親心から(だったら最初からふたりきりで旅行などするなと言いたいところだが、皮肉にも今日が両親の結婚記念日なので何も言えないのだ)、エメラルドというバトルの強い私の幼なじみに家に泊まってほしいとお願いしたらしい。
エメラルドは私の両親に何かと世話になったらしく、彼らの頼みは断ることが出来ない。だから今日もエメラルドは断れず、着くのは遅くなってしまうが電車で来てくれると言うのだ。でも、いくら断れない相手からの頼みとはいえ、酷い豪雨の中わざわざ家まで来てくれるなんて女の子なら誰だって自惚れてしまう。

エメラルドとは私がまだ小さい頃、孤児院へと遊びに行った時に出会った。
彼は人と色々違った部分があったけど、私にはそれが新鮮で楽しく思えた。そんな私を両親を除く周りの大人達は奇妙な目で見ていたけれど、私は気にしていなかった。いつだったか、彼はそんな私に聞いてきた気がする。
「名前はオレといて楽しいの―?」
当時の私にはその言葉の意味がまだちゃんと分かっていなくて、私は笑って勿論だ、と答えた記憶がある。
だけど今思えば彼はあの時既に悟っていたのだと思う、私と彼はなにかが違うということを。
彼は見かけに寄らず、精神はとても大人びているから。
私と彼がどう足掻こうと同じ線に立つことは出来ない、どんなに頑張っても結局は平行線のままなんだとあの時既に痛い程感じていたのかもしれない。

インターホンが鳴った。風の音が煩かったけど、私にはよく聞こえた。
鳴らしたのがエメラルドだったから、なのかもしれないけど。
「エメラルド!」
玄関を開けるとそこには闇に吸い込まれてしまいそうな程小さなエメラルドが立っていた。彼は身長こそ私より低いが、器は大きくて、私を見据える翠色の目が、私は大好きだった。
「大丈夫?はい、タオル」
雨に濡れたエメラルドにタオルを渡す。彼は黙ってそれを受け取ると小さな声でお邪魔します、と呟いた。

それからエメラルドとふたり、私の部屋で色んな話をした。
話しているうちに、やっぱりエメラルドは強いなあと実感させられた。なんでもバトンフロンティアで全員のフロンティアブレーンに勝ったらしく、そのお陰でエメラルドに挑戦してくるトレーナーもわんさかいるみたいで。更に強くなってるみたい。
「…名前、オレもう眠い」
「そっか。じゃあお父さんの部屋のベッド使っていいから、おやすみ」
「うん、ありがとう」
ふと時計を見ると、もう少しで12時になるところだった。エメラルドがそれまで座っていた椅子から立ち上がり、そしてドアを開けた時だった。突然振り向いて、でも私の目を見ようとしないまま、囁くように言った。
「ね、名前」
「ん?」
「覚えてる?小さい頃、オレ、よく夜中に孤児院抜け出して、名前ん家来てたよな」
「うん、懐かしいね」
「それで、名前は夜しか見れない星をまだあんまり見たことなくてさ、一緒に見たよな、星」
「…?うん…」
どうしてそんな昔のことを話し出すのだろう。
「それで、さ………」
エメラルドは急に黙ってしまった。
「エメラルド?」
「なんでもない。おやすみ」
エメラルドが出て行って、ひとりきりになった私の部屋には、まだやまない豪雨の音だけが響いていた。

(雨がやんだら、また星を追いかけよう)


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