ばかばか。ジュンのバカ。
枕に顔を埋めて、呟くようにそれを繰り返す。わずかに震えている声は、虚しくもひとりぼっちの自室に小さく響き、そして消えてゆく。
「………」
ベッドの付近にある窓から、オレンジ色の光が開け放ったカーテンの間を縫って薄く差し込んでいる。
バカなのは私。
悪いのも私。
私が、ジュンの大切にしていた写真立てを落として割ってしまったから。
写真立てに入っているぐらいだから、中に入っていた一枚の写真はなんともなかったが、どうやらその割れた写真立ての方がジュンにとっては大切なものだったらしい。
それはジュンの部屋の机のすぐそばに飾られてあって、思い返せばジュンは隙あらばいつもその写真ばかり見ていた、気がしなくもない。
どんな写真なのかは何度も見ているから分かる、確か幼き日のジュンとジュンのお母さんと…クロツグさん、そうジュンのお父さんも写っていた。
ジュンはお父さんが小さい頃家を出て行って以来、一度だけ送られてきたお父さんからの手紙に入っていた写真立てにたった一枚の家族の記憶を飾っていたのだ。
私は女の子だから分からないけど、男の子は小さい時に父親とキャッチボールなんかするものでしょう?だけどジュンにはそれが出来なかったから。だからたった一枚の写真とたった一つのプレゼントを心底大切にしていたのだ。
なのにそれを壊したのは、幼なじみの私。
わざとではない。
わざとな訳ない。
けれど割れた写真立てを見た時のジュンの顔が、頭に焼き付いて離れない。
「帰れ!!」
普段うるさいジュンだけど、そんな風に怒鳴るところなんて初めて見た。正直驚きを通り越して初めてジュンを怖いと感じたし、お父さんへ対する尊敬と誇りも感じられた。
そして同時に重過ぎる罪悪感と悲しみが私を襲った。
ジュンとは今まで両の手で数え切れない程の喧嘩をしたけど、今回はもう仲直りなんか一生出来ない気がした。
ううん、本当にそうなる、って、どこがで確信してた。心のどこがで。
ふと、考えてみた。ジュンと仲直り出来ない。それはもうずっとジュンと話せないし遊べないしポケモンバトルも出来ないことを意味する。
そんなの、無理だよ。
私にはジュンが必要だもん。
家が近くて、幼なじみで、ずっと一緒に生きてきた家族のような存在のジュンを、私はいつの間にか好きになってたの。気がつくと頬が生暖かいもので濡れていて、泣いてしまったんだと分かる。
―謝ろう。
私が今ジュンに出来ることは、それくらいしかないから。
ピンポーン。
その時、家のインターホンが鳴った。
こういう場合普段はお母さんが出るけど、数秒経っても玄関を開ける音がしないので仕方なくベッドからゆっくりと降りる。
「はい…」
リビングにあるモニターに出るのが面倒臭く、そのまま玄関を開けた。
実質、私の動きが遅いからインターホンを押してからもう何分待たせてしまっているだろうし。
「…!」
そこには、ジュンが、いた。
なんでいるの。私のこと嫌いになったんじゃないの。
聞きたいことは山ほどあるのに、私という奴はジュンの顔を見た途端せっかく止まっていた涙がまたボロボロと流れ出してしまって。
「ふ…っう…」
「名前!?おい大丈夫かよ!?」
心配して背中に手をおいてくれるジュン。
こういう、意外と優しいところ、大好き、だったなあ…。
「ごめ、っふ、ごめんねジュン」
なんとか私が泣きながら思いを伝えれば、ジュンはいつもの私の大好きなとびっきりの笑顔を見せてくれて。
「大丈夫だから!な?オレも怒鳴ったりして悪かった、な」
「ジュン…っ」
そのまま私はジュンに抱き着いた。
普段ならこんなことする仲じゃないし、私の片想いだし、だけどなんだか今だけはジュンが私のものになった気がして。
好きだよ 好きだよ 大好きだよ。
仲直り出来たことが嬉しくて、勢いに乗ってそんなことを言ってしまったので、ジュンは少し赤くなっていた。
*需要のないおまけ
「写真立てはまた新しいの親父にねだって送ってもらうからさ、新しいのにはオレと名前のツーショット飾ろうぜ!」
「いいけど…なんで?」
「なんでって…新しい家族の写真になるだろ?」
「え…」
名前がそれはジュンからのプロポーズだったと分かるのは、もう少し先の話である。
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最後gdgd…疲れました