take.2
あれから一週間が経った。あれ程しつこく毎日通ってきたナマエの訪問はぱたりと止み、俺は挑戦者を次々に倒していった。

「ハヤトさん、最近調子良いみたいですね。でも、彼女さんとはどうされたんですか?」

比較的暇な時間帯、無神経なジムトレーナーが聞いてきた。俺は彼女じゃないよ、とだけ返すとジムの奥にある個室へと逃げるようにして隠れた。
ナマエ、今どうしているだろうか。
そればかりが頭を過ぎり、全く以て集中出来ない。あれだけ迷惑に思って、あれだけ酷いことを言っておいて、今更。きっとナマエも怒ったのだろう、俺のことなんかもう忘れたか。
逆に俺の方が、ナマエに惹かれはじめてる。ナマエは可愛かったし、人より少ししつこいところがあるだけで別に嫌な奴でもなかったなー、なんて。ナマエの良いところばかり考えて。
嫌よ嫌よも好きのうちと言うが、追いかけられると好きになるタイプだったのか、俺。
そんなまさか、と思いつつ、ポケギアの電話番号を聞かれた時素直に交換しておけば良かったと思う自分がいた。

「俺ってほんとバカ」
「そうかなー?バカって言うよりヘタレって感じだと思うよ」

ジムの営業時間が終わり、ジムトレーナー達も全員帰っていった。俺も帰るかとのびをしながら独り言を呟いたら、いきなり隣から声が聞こえた。

「うわっ!?」
「そんな驚かないでよ。意外と傷つくんだよー」

肩の辺りにゴースを漂わせながら、間の抜けた声を出したのはジムリーダー友達のマツバだった。

「悪い…って、なんでここにいるんだ?」

マツバの紫色のマフラーがゆらゆら揺れる。

「いやー今日はジムに人が来なくて暇だったから」
「俺を暇つぶしに使うな!」

こいつといると調子が狂う…マイペースで掴み所がないところはナマエにそっくりだ。

「ごめんごめん、でさあ何がバカなの?」
「…アンタには関係ないさ」
「えー酷いなあ。ハヤトくんのあんな話やそんな話、コガネのラジオ塔で語っちゃうよ?」
「だああもう…分かったよ話せばいいんだろ」
「さすがハヤトくん、物分かりが良いねー危うく呪っちゃうとこだったよ」

マツバといると本当に調子が狂う…それに頭も痛い。今度からはジムの警備をもっと強めるよう上に頼もう。まあマツバ相手には無駄かもしれないが、物騒な世の中だし、損はないだろう。

「実は…」

俺はマツバに一部始終を話した。ナマエのこと、この間のこと、そして今の俺の気持ち。確かにマツバは変な奴だけど、人を馬鹿にしたりはしない。結局そういうところがあるから、俺はこの人を本気で嫌いになれないのだ。

全て聞き終わったマツバは、立ち話もなんだからと俺が用意した緑茶を飲んで一言。

「ハヤトくんって、ツンデレだったんだね!」

「…は?」
「知らないの?そういうの世間ではツンデレって言うんだよ」

マツバの目がなぜだか爛々と輝いているように見えるのは錯覚であると願いたい。こんなジムリーダー、ジョウト中のマツバファンの方々には絶対見せられない。

「俺はツンデレになった覚えはないんだが」

ふつふつと沸いて来る怒りにも似た感情を抑えて、なんとかそれだけ言う。

「良いと思うよ!僕は、うん。頑張ってね!応援してる」

人の話なんて聞きやしないマツバは、「今日見たいテレビあるんだった!」とかなんとか言って早急に帰り支度を始めてしまった。
そうこうしてるうちに誤解が解けないまま俺が無理矢理マツバを見送る形になってしまい、ジムの玄関前でマツバは言った。

「ハヤトくん…男なら、直球で勝負!だよ。じゃあねー」

これでもかって程の満面の笑みで言われても、全然嬉しくないのはなぜだろう。

「は、ちょっとま、」

バタン!
扉が閉まる無機質な音を、俺は静かに立ち尽くしながら聞いていた。



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