寒くて寒くて家から出たくないような、そんな長い長い冬が昨日やっと終わった。
終わった、というのは表現としておかしいかもしれないけど、私の中では完全に終わったのだ。だって、いつものお散歩コースの道にある桜に、蕾が出来ていたから。
ピンク色をした小さな小さなそれを見つけた途端、これで冬特有の眠気とも肩凝りとも乾燥しちゃうお肌とも、みんなみんなおさらばだって踊り出したくなるくらい嬉しくなった。私って単純なのかな。だって冬って寒くて嫌いなんだもん。積もる雪はロマンチックだけど滑って転ぶと痛いし、風邪なんかも流行るし。

とにかくこの感動を誰かと分かち合いたくて、私はすぐさま桜並木の下にあるレトロなベンチに腰掛けた。そうしてポケットから携帯電話を取り出して、写真機能を使う。携帯で写真なんて滅多に撮らない私の動きはそれはたどたどしかっただろうけど、今はそんなの気にしない。あの可愛い蕾たちを写真に残しておきたい、その思いだけで動いていた。
カシャッ。
初期設定のままの効果音は何と言うか無機質なもので、この爛々とした気持ちには少し不似合いだったから、後で設定を変えようと決意した。
早速撮った写真を確認すると、手前に黄緑色をした髪の毛の人物が写っていて、私の撮りたかった蕾はすっかり隠れてしまっていた。これは大方、私が写真を撮った瞬間に誰かがカメラの前を横切ったのだろう。それに気がつかなかった私も馬鹿だけど、人が写真を撮ろうとしている前を横切るなんて、ちょっと不謹慎だ。文句を言ってやりたくて顔を上げると、案の定黄緑色をした髪の毛の人が先を歩いていた。

「あ、あの!」

私が声を上げるとその人は振り向いた。
それから「?」って吹き出しが付くくらいきょとんとして首を傾げた青年は、長身の割には子供っぽい雰囲気を纏った、不思議な印象の人だった。
目はまるで子犬のようにくりっとしていて所謂イケメンと言った外見だ。
そんな人に一発かますのは気が引けたけど、私の麗らかな気持ちをぶち壊したのは変わらない。勇気を振り絞って拳を握ると、持ちっぱなしだった携帯を彼の目の前に突き付けた。

「これ!蕾を撮ろうとしてたのに貴方か横切ったせいでちゃんと撮れなかったんです、気をつけてください!」

言えた。一気に喋ったものだから少し乱れた呼吸を直しながら青年を見つめていると、彼は一瞬ぽかんとしてから口を開いた。

「ごめんね、気がつかなかった。でも君面白いね、あんな小さなものに気がつくなんて、可愛い」

これからは気をつける、青年はそれだけ言い残して私に言葉を挟む間も与えないまま、まるで春風のように去って行った。
優しい風に吹かれながら、あの人の周りにはまだ咲いてない筈の桜が見えるくらい、春が似合う人だと思った。

未だ携帯を握ったままの右手に力を込める。もう怒る気力なんてなくしていた、ただ桜が咲く頃またあの人に会いたいと、そんなことを考えていた。




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