今日はおかしな日だ。
朝起きて身支度をしていつも通りジムに行くと、先に来ていたイタコのお婆さんが何故だか知らないけどチョコをくれた。

「マツバ君もそういうお年頃じゃろう?今日はどうせ挑戦者もあまり来ないだろうから、出かけてきてもええよ」
「えっ、ああ、はい…」

お年頃って…何の事だろう?僕はもう思春期と呼ばれる年齢は過ぎた筈だ。それに今日は挑戦者があまり来ない?何でだろう…。何かイベントがあったっけ?

考えながらさっき貰った板チョコを食べていると、こういう時はやっぱり都会に行けばいいんじゃないのかな、と閃いた。
そうだ。あそこならアカネちゃんもいるし、何のイベントか分かる筈だ。
僕は早速、ポケギアを手に取った。



「ひゃあ!」
大きい爆発音と共に、アカネちゃんの悲鳴。
「な、なんやねんコレ、爆発しおったで!」
駆け付けてみると、そこにはチョコまみれでどろどろになったアカネちゃんとミルタンクがいた。
「だ、大丈夫?」
その状態じゃ立ち上がるのもままならないだろうと思い、手を差し延べるとアカネちゃんは首を横にブンブンと振った。
「大丈夫やあらへん!もういややチョコ作りなんて!どうせうちあげる人おらんもん、名前出来たら頂戴な」
言うや否や、アカネちゃんはタオルを片手にリビングの方へと行ってしまった。

(そうは言ってもなあ…)

今日は一年に一度の乙女の日、バレンタインデーだ。コガネの街も鮮やかなピンクで色めき立つ中、一トレーナーの私も好きな人へチョコレートを贈るべく当日になって作っていた。
というのも、私が贈る相手はエンジュのジムリーダーのマツバだ。私はつい昨日まで、マツバはもう大人だし如何にも甘いもの苦手そうな雰囲気を醸し出していたので、チョコレートなんて甘ったるいもの苦手だと思っていた。だがそれは昨日のマツバとの電話で覆された。

「マツバなんか食べてる?」
ポケギアで電話をしていると、何か食べているような音と気配がしたので聞いてみたのだ。
「あ、バレた?チョコ食べてるんだ。僕甘いもの大好きでさー」

正直、チョコレートくださいアピールもここまでくると恥ずかしくないのだろうかと思ってしまう。

「あ、そうなんだ…そう…うん分かった、じゃあ明日ね。バイバイ!」
「?うんまたね」半ば無理矢理ポケギアを切った。まさかマツバが甘いもの大好きだったなんて…。
こんなのってないわ。人は見た目じゃないのね、よーく分かったわ…。

そして現在に至る。
あそこまで言われた上に「また明日ね」と言ってしまった以上、チョコをあげない訳にはいかない。いくらなんでも可哀相…というか、私の人情があげなさいと叫んでいるのだ。

「困ったなあ…」

そうは言ってもあげようと決意したのがバレンタインの前日だ、手頃な市販のチョコレートを買おうにももうほとんど売り切れてしまっていて、世間の女の子達の迫力に圧倒された。そこで仕方ない、板チョコを割って溶かして混ぜて冷やして作ろうか、なんて考えているところにアカネちゃんがやって来た。

「え、名前チョコ作るん!?そら凄いな、うちも手伝うで!」

ついでに少し頂戴、と笑うアカネちゃんを見ていたら、材料は買い過ぎちゃったから大丈夫だろう、と思ったのだ。それに何よりひとりで作るのは大変だ。アカネちゃんは年頃の女の子だし、強力な助っ人だと思ったのだ。ところが…。

「名前!大変や!マツバさん今から来るって!」
「ええ!?」

それは予想外過ぎる出来事だった。全く、あの人はどこまで私を驚かせれば気が済むのかしら。

「ア、アカネちゃん、何とか阻止できないかなあ…!?」

言いながら冷蔵庫を開け、さっき入れたばかりのチョコレートを見る。だけどそれは案の定まだ固まっていないどろどろとした液体のままで、私は早く固まって、と願うしかなかった。

「む、無理や。すまへん名前、もう着いたって…!」

終わった―そう感じた時、丁度インターホンが鳴った。

「うちが出てくるわ…」

足早に玄関へと駆けて行ったアカネちゃんは本当に申し訳なさそうで、なんだか私だけチョコレートの甘いにおいに包まれている事に嫌気がさした。

「お邪魔します、…あれ、名前来てたんだ」

マツバの声が、ずっと遠くで響いてるような気がした。いつも通りきょとんとしているマツバに、私達ふたりは何も言えなかった。

「あれ、名前チョコ作ってたの?」

テーブルの上に並んだボウルや板チョコの包装を見てマツバは懐かしいなあ、と少年のように笑った。

「マ、マツバさん、実はうちらなあ…」

アカネが何か言おうとしたのを制して、マツバがあ!と大声を出した。

「…名前、今日って何月何日だい?」
「…2月14日よ」

気が付いたように笑うマツバに、私とアカネちゃんは言い返す言葉もなかった。



「それでやっと分かったんだよ、みんながおかしかった理由がね。今日はお菓子な日だーなんてね」

(こりゃあ名前も大変やろなあ…)

それから一週間、マツバさんは名前に口聞いてもらえへんかったんて。自業自得だと思わへん?




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エセコガネ弁すみません


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