ちちんぷいぷい、こっちへおいで




 誰にでも優しく愛情を持って接しなさい。そうすれば相手も必ず返してくれるから。
 それが両親の口癖だった。そんな両親は私を大きな愛情で包んで伸び伸びと育ててくれていたし、その分、私も周りにその愛情を分けるように心がけて生きてきた。そんな両親が、私はとても誇らしかった。







「あなたの部屋はここよ」

 そう告げると、彼女は気だるげにドアを開けた。部屋にはベッドが一つと、机が一つ、箪笥が一つ。自分の住んでいた家の部屋よりもはるかに狭かったが、まさか個室が貰えるとは思ってもいなかった為、ナマエの頬が思わず緩んだ。
ミセス・コールに振り返り、丁寧に「ありがとうございます。ミセス・コール」とお辞儀をすると、彼女は未知の生き物を見ているとでもいうような表情でナマエを見た。

「夕食は1階の食堂で7時からよ。間に合わなかったら食べられませんからね。」

事務的にミセス・コールはそう言うと、部屋を出ていった。時計を確認すると、夕食まであと40分はある。とりあえず片付けをしてしまおう。ナマエはあまり多くはない持ち物を部屋にしまう為にトランクを開いた。
 トランクを開いて一番上にある写真を手に取る。そこに写っているのは、ナマエと、それから両親だ。結婚記念日の日、両親は事故に巻き込まれて亡くなった。魔法がかけられた写真の中の三人は、生きていた頃と同じような笑顔でナマエに手を振り続けている。



「……あなた、だぁれ?」

 開きっぱなしだったドアから突然声をかけられて振り向くと、5歳くらいの女の子が不思議そうにこちらを見ていた。きっとこの孤児院の子だろう。その女の子はスカートの裾を掴み、落ち着きなくもじもじとしている。

「ナマエだよ。ナマエ・ミョウジ。今日からここに一緒に住むの。よろしくね」
「ナマエ……、よろしくね」
「……キャンディ食べる?」

「うん!」と女の子は嬉しそうに近付いた。お菓子を入れておいた瓶からキャンディを取り出して渡すと、彼女はパクっとキャンディを頬張り、それから口の中でそれをコロコロさせながら「私はエイミー」と笑顔で名前を教えてくれた。

「エイミー、私片付けがあるからまた後でね」
「うん。バイバイ」

キャンディで機嫌が良くなった彼女は、素直にナマエの言うことを聞き、部屋から出て行った。しかし、その後も色んな子が部屋に訪れては名前を尋ねてくるのでその度に自己紹介をしていたら、片付けも終わらないうちにあっという間に夕食の時間になってしまった。
 ナマエは1階の食堂へ降りるため、階段に向かった。廊下はすっかり静まり返っていて、殆どの子供達がもう既に1階に降りていってしまったことを物語っている。早く行かなければ夕食を食いっぱぐれてしまう。そう思ったナマエは少し早足で歩いた。

 静まり返った廊下を抜け、階段を降りようとしたところで、何やら争い合う声が聞こえてくる。そっと踊り場を覗き込むと、男の子が二人、睨み合うように立っていた。片方の男の子は何やら泣いているようだ。
 その男の子が泣きながら「酷いよトム!」と大きな声を出したその時、トムと呼ばれた少年が手のひらをおもむろにその子へ向けた。するとどうだろう、触れてもいないのにその子の体がふわっと階段の方へ向かって傾いた。

「あ、危ない……!」

 ナマエは思わず目をぎゅっと瞑りながら叫んだ。その瞬間辺りは途端に静まり返り、ナマエは恐る恐る目を開ける。そこには、いつの間にか階段下に現れたクッションに身を委ねて驚いた顔をしている少年と、驚きと僅かに怒りの満ちたような表情を浮かべる少年がそれぞれナマエを凝視していた。久々に魔法を使ったけど、どうやら上手くいったようだ。
 先程まで泣いていた少年は、口をパクパクさせながら逃げるように皆のいる食堂へ走って行ってしまった。

「……誰?」
「今日からここで暮らす、ナマエだよ」
「……あれ、ナマエがやったの?」

 トムはクッションを指さし、眉根を寄せてそう尋ねた。その顔は不機嫌そうだが、造形自体はまるで人形のように整っており、そんな顔さえしていなければとても愛らしいのにとナマエは思った。

「……そうだよ。トム、あなたも魔法が使えるみたいだけど、あんな風に使っちゃダメだよ」
「……魔法?」
「さっきあなたが悪さしようとして力を使ったでしょう。アレのことだよ」
「……でも、あれはあいつが悪いんだ。だから懲らしめてやったんだ。邪魔をするな」

 おそらくナマエよりも年下であろうトムは偉そうにそう言うと、イライラした様子で食堂に向かって歩き始めた。ナマエも彼に続いて食堂に向かったが、入った瞬間にミセス・コールに「あなた達、何故時間を守らないの?今日はもう夕食抜きです」とピシャリと怒られてしまった。
 初日から夕食抜きになってしまうなんて災難だ。

「お前のせいだ」

 拳をぎゅっと握りしめて、トムはナマエを睨み付けながらそう呟いた。





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