まるで満月のように空っぽだ




「なぁ、俺たちの関係って何?」

 間抜け面の名前も忘れてしまったような男が、私の背中に向かって問いかけた。彼の名前、何だったっけなぁ。ゴブストーン部の……ああダメだ、思い出せない。というかそもそも、名前を覚える必要も、この関係に名前をつける必要もない。私は後ろも振り向かずに寄せた胸をブラに収めながら「いちいち名前なんて必要?」と嘲笑すれば、「俺はてっきり……俺達付き合ってるもんだと思ってたんだけど」などとと寝ぼけたことを抜かした。

「たかが数回セックスしただけで彼氏ヅラしないでよ。そもそも私、あんたの名前も覚えてないのに」

今度は制服のワイシャツに腕を通すことに注力しながらそう言うと、名前も忘れた男が背中越しに罵詈雑言のかぎりを尽くして私を罵り、勢いよく部屋から出て行った。
 あーあ、また都合良い男が一人減ってしまった。男の方が性に従順だと思っていたけど、そんなことないみたい。私と寝る男は大体皆最終的にこの関係に名前を付けたがる。面倒臭い。私は純粋にセックスを楽しみたいだけなのに。

 制服を姿見で整えて部屋から出ると、あら不思議、たちまち扉が消え去った。8階にあるこの部屋は、私がセックスができる空き教室を探していた時にたまたま見つけた。なんにも無い廊下に、扉が突然現れたのだ。
その部屋に初めて入った時は驚いたのなんのって、部屋のど真ん中にキングサイズのベッドが置いてあって、シャワーもあるし、避妊具もある。まさに求めていた部屋そのものだった。最早この部屋以外でセックスするなど考えられなくなってしまった程だ。ひとつ難点をあげるとすれば、8階にあるので上り下りが大変だ、ということくらいか。


 正直、私は美人だ。中途半端な容姿であれば謙遜もするだろうけど、私は間違いなく美人で謙遜するのは逆に失礼だから、謙遜は全くしない。この容姿に産んでくれた両親には感謝している。男は頼んでなくても寄ってくるし、そのせいで女の子に恨まれることもあるけど気にしない。だって私美人だし。

 次の相手は、うーんそうだな、グリフィンドールのジェームズ・ポッターかシリウス・ブラックあたりにそろそろ唾を付けておくか。女の子に人気な彼らのどちらかと一回くらいは寝ておかないと、女として箔が付かない。
 そんなことを考えあぐねいていると、丁度廊下の向こうからリーマス・ルーピンが一人で歩いて来るのが見えた。彼、確かポッターやブラックと仲がいいはずだ。私は急いで羊皮紙の切れ端に「土曜の夕食後、8階の突き当りで待ってます。楽しいことをしましょう。ナマエ・ミョウジ」と書くと、小さく折りたたんだ。

「こんばんは、リーマス・ルーピン」
「――こんばんは。どうしたんだい、こんな所で」

 此方を見たリーマス・ルーピンは何だか疲れきったような、具合の悪そうな様子だった。廊下の灯りに照らされて、彼の胸元の監督生バッジが光っている。そう言えば彼は監督生だった。彼は真面目そうだから、このことを知ったら咎めるかもしれない。どうかメモの中身を見てくれるなよ、と思いながら「お願いがあるんだけど」と言うと、ルーピンは怪訝な顔で「お願い?」と聞き返した。

「ええ、このメモをポッターかブラックに渡してくれない?」
「……ジェームズかシリウスに?」
「そう、どっちでも良いわ。見かけた方で。よろしくね!」

私はそう言うと、戸惑うルーピンにメモを押し付けて自分の寮へ駆け足で戻った。




***




 どちらが来ようが正直どうでも良かった。どっちとヤろうが自慢出来ることには変わりない。
でもまさかそのどちらでもないリーマス・ルーピンが廊下に現れた時、流石の私も狼狽した。

「メモの中身を見たのね?」
「ああ、勿論見たさ。もし何か呪いのかけてある危ない物だったら、僕の大切な友人に渡すことが出来ないと思ったからね」

ルーピンは当然の権利だとでも言うように澄ました顔でそう言ってのけた。そうだとしても失礼すぎでは無いだろうか。人のメモを勝手に読むなんて。さしずめ、私の寮の点数でも引きに来たんだろう。夜に寮を堂々と抜け出しているわけなのだから。

「……それで、説教しに来たってわけ?」
「いいや」

ルーピンの返答は意外なものだった。

「僕が相手になるよ」
「え?」

私は思わず間抜けな声を出した。ルーピンは相変わらず澄まし顔で、何を考えているのか分からない表情だ。

「……自分の言ってる意味、分かってる?」
「君はある意味有名人だからこれから何をするつもりかは知っているよ。良いから、ほら行こう」

……あなたが相手になるですって?監督生のあなたが?困惑しながらも、ルーピンに促されるままにあの部屋がある廊下まで来た。たちまち何も無かった廊下に、見慣れたあの扉が現れる。「わあ、こんな部屋があるなんて知らなかったな」と感心しているルーピンを尻目にまるで実家に帰るかのように中に入ると、ルーピンに振り返り再度念を押すように確認をした。

「本当に良いの?私は全然あなたが相手でも構わないけど」
「勿論。僕も丁度君みたいな子を探してたんだ。愛情が無くても性欲を吐き出せる相手」

ルーピンはそう言うと、いきなり噛み付くように唇を重ねた。

――彼は獣だ。性に飢えた獣。
こういうの、利害の一致って言うのかしら。
ああ、久々に楽しくセックスが出来そう。




まるで満月のように空っぽだ

title by … すいせい




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