とらわれのリズム




 リリー・エバンズ。その名前を聞くだけで私の心は劣等感で押し潰されそうになる。私をこんな気持ちにさせる女性は、彼女が母に次いで二番目だ。
 母は出来損ないの私に容赦無く冷たかった。純血の生まれで優秀だった母は、何をしても中途半端な結果しか残せない私を愛してはくれなかった。もう私に自慢出来ることはこの血筋くらいしかない、そう思っていた時だった――彼女に出会ったのは。
 彼女は純血でも無ければ、半純血でも無かった。完全なマグル生まれ。それでも同じ学年の誰よりも賢く、優秀だったのだ。曲がりなりにも純血で血筋しか誇れるものが無かった私にとって、彼女との出会いは強烈なものだった。なんだ、私には何も残っていないんじゃないか。そう思わずには居られなかったのだ。神様は不公平だ。
 そんな彼女の背中を必死に追い掛けたのは、きっと彼女の優しさに縋りたかったのと、彼女のようになれば皆から同じように愛されるのでは無いかという一縷の望みにかけたかったからだと思う。

 始まりはそう、お揃いの羽根ペン。12月の雪が降り積もる寒い日、ホグズミードの「スクリベンシャフト羽根ペン専門店」で一緒に選んで買った一本の羽根ペンだった。それをきっかけに、私達はお揃いが増えていった。お揃いの髪飾り、お揃いの髪型、お揃いのワンピース。いつしか髪の色以外は全部お揃いになっていて、周りからもまるで双子みたいだと言われるようになっていた。「リリーかと思ったら、ナマエだった」と言われると、不思議と心が満足感で満たされていた。

 その次に、私は彼女とお揃いの名前が欲しくなった。そもそも母がつけた名前など、さっさと捨ててしまいたかったのだ。私にぴったりなのはそう、彼女のような可憐な花のような名前。

「"リリー"って名前、素敵ね。羨ましいわ」
「あら、ナマエって名前も素敵じゃない」
「いいえ、私も本当はお花の名前が良かったわ」
「うーん、そうね、あなたにお花の名前を付けるならば、"ローズ"って感じ。どう?あなたにぴったりだと思うの」
「わぁ、とっても素敵。それじゃあ私は今日から"ローズ"になるわ」

この日から私は周りに自分を"ローズ"と呼ばせるようになった。リリーが付けてくれた素敵な名前。皆が私をローズと呼ぶようになった頃には、皆も私も自分の本当の名前を忘れてしまった。

 このままリリーと私、ぐちゃぐちゃに混ざり合って一つになれたらいいのに――そんなことまで考えるようになっていたある日、シリウス・ブラックが唐突に「お前、気持ち悪いよ」と私にそう言った。

「お前の名前はローズじゃなくてナマエだろ。何から何まで全部エバンズの真似して、気味が悪い」
「……その名前は捨てたの。私の名前はローズだよ」

この男はどうして私の邪魔をするのだろうか?
――そうか、この男は知らないからだ。"リリー"側の人間だから。羨望を一身に受ける人間だから。光の当たらない、ジメジメとした岩の裏側にいるナメクジみたいな人生を、彼は知らないからだ。彼は人生で一度だって、"リリーのおまけ"でいる人間の気持ちを味わったことがないし、この先味わうこともないんだ。

「"私達"の邪魔をしないでくれる?」

そう言うと、シリウス・ブラックはまるで悪夢でも見ているかのような表情で私を見た。そして何も言わずに立ち去って行った。


 しかし私がどんなにリリーの真似をしても、どうしても手に入らないものがあった。ジェームズ・ポッターだ。 ジェームズはいつでも隣にいる私なんか視界に入っていないとでも言うように、リリーのことしか見ていなかった。

「リリー、またジェームズから贈り物だよ」

同室のエイミーが、リリーに可愛らしくラッピングされたプレゼントをリリーに渡すと、リリーはまるで汚物でも見るかのような表情で「要らない。そんな気持ち悪い物」とゴミ箱に投げ捨てた。
 ――神様は不公平だ。
 私は、夜中にこっそりリリーのゴミ箱からジェームズのプレゼントを拾い上げた。中には可愛らしい髪飾りとラブレターが入っていた。ラブレターを開いてみれば、そこには吐き気がするくらい甘い言葉が羅列されている。本当はこの言葉全部、私が受け取るはずなのに。何故なんだろう?ねえ、リリー、要らないなら頂戴よ。全部全部。私が欲しいのに。

 彼女の燃えるような髪の色も、宝石のような瞳も、僅かに薄桃色に染まった頬も。顔のそばかす一つ一つでさえ、私は彼女が羨ましかった




***



拝啓、リリー様

 あなたが死んだって風の噂で聞いたの。子供を守って勇敢に死んだんだってね。あなたってば、死んでも尚立派で皆の憧れの的で有り続けるのね。やっぱりリリー、あなたは最期まで私の自慢で憧れの友達だわ。

 そうそう、私も子供が生まれたの。あなたにそっくりな、かわいい赤毛の女の子。名前は勿論リリーにしたわ。
私はあなたになれなかったけど、この子はちゃんとあなたになれると思うの。この子があなたの分まで生きるから、天国で見守っていてね。




remedy」様提出
光覚の瑕疵/とらわれのリズム




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -