

 彼の額に刻み込まれた何年分もの皺を、私は指で優しくなぞる。その中でも一際深い眉間の皺は、彼が今までどれだけしかめっ面をしてきたのかを物語っていた。いつもならこんなことをしていればすぐにでも怒鳴られるのだが、今日の彼は目を覚ますことはないのだ。決して、二度と。
 思い返せば彼はいつだって顔をしかめて、何かを恨むような怒った顔をしていた。そんな彼の微笑みを見たのは今から何年前だろうか。たった一度だけ、学生の頃に私は彼の微笑みを見たのだ。




「退屈な授業だ」
 薬草学が終わり、温室から出ると隣でセブルスは吐き捨てた。「貴方の大好きな魔法薬学に関わる授業じゃないの、どちらかというと得意分野でしょう?」と私が問いかければ「だからこそだ。あんなレベルが低い授業」などと不満をたれ始める。
 また得意のスネイプ論が始まったわと聞き流しながら後ろを何気なく振り返るとなんとまぁ、僅か数メートル先にリリー・エバンズが同じグリフィンドールの友人達と仲睦まじく歩いているのが見え、私はすぐに合点がいき思わず吹き出していた。

「何を笑っている」と途端に不機嫌になり後ろを気にするセブルスに、私はちょうど温室の中に見える真っ黒な花かも分からない植物を指差し「かっこつけなミスタースネイプにそっくりな花」などと適当に言いながら笑い続ければ「あれは花なんてかわいいものではない」と更に不機嫌になる。
「そもそもあの植物は魔法薬学においてどうのこうの」と更に続けるセブルスに呆れながらセブルスそっくりな花の隣に目をやれば、小さくオレンジ色の花が咲いていることに気が付いた。小さくても太陽のように真っ赤に、可憐に咲く花に、意識せずとも誰かの姿が重なる。私は途端にセブルスの肩をちょんちょんと叩いてそれを指差せば、彼はうるさく動いていた口の動きを止めて押し黙った。
「ポピーの花みたいだね」と言えば「ポピーの花ではない」と冷たく一蹴する。私だってポピーの花ではないことぐらい知っているのだが、どうも彼は私をいつもバカ扱いするのだ。

「綺麗な花だね」
まるでリリー・エバンズみたい。心の中で小さく付け足して隣を見やれば、「ああ。」と彼が優しく微笑んでいた。



 これが彼の微笑みを見た最初で最後だった。
冷たく横たわるセブルスの顔は、皺だらけで学生の頃の面影なんてものは何もなく、当時と変わらない点を言うならばこの眉間に刻み込まれた深い皺だけだ。しかし何故だろう、彼の顔が心無しか穏やかに見える。最期に素敵な夢でも見たのだろうか。

「あなたは幸せだった?」

 そう呟いて彼の黒い髪を撫でた私の手も彼と同じように皺だらけで、ああ私も歳を取ったのだなと思い知らされる。そして零れ落ちる涙を拭うことすら忘れて私は杖を一振りした。彼の周りに太陽のように燃えるオレンジのポピーが咲きほこるように。彼がいい夢を見れますようにと願いを込めて。



POPPY
『なぐさめ』『いたわり』『思いやり』


R.I.P. Alan Rickman



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テーマ「人外ファンタジー」
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