第8話 猫と犬。






ハーマイオニーに渡したメモは、次の日には私の元に返ってきた。

「これはあなたの言う通り――本当に"ただのメモ"だったわ」

ハーマイオニーは何かまだ不満でもある様な面持ちで私にメモを突き返した。内心そりゃそうだと思ったが、ここの所ハーマイオニーは勉強に追われてピリピリしていたので、余計な事を言わないように私はキュッと口を噤んだ。


夕食を終えると、まだ明るいうちに城の外へ出た。外は驚く程に寒かったが、懐にこっそり忍び込ませた夕食のチキンの包みはまだやんわりと温もりを帯びている。禁じられた森の方向へ歩きながら、ハグリッドの小屋を確認した。明かりはついていない。まだ戻って来ていないようだ。私は見つからないように、コソコソと縮こまりながら歩みを進めた。

いつもクロと落ち合う場所まで来ると、クロの隣にもう一つの小さな影がある事に気が付いた。この場所からではいまいちそれが何なのかは判別出来ない。目を凝らしてじわじわと近付けば、その影は私に向かって「ニャー」と鳴いた。

「クルックシャンクス?」

その小さな影はクルックシャンクスだった。森の暗がりで、二つの丸くて黄色い瞳がらんらんと輝いている。クルックシャンクスは私の元までトコトコやって来ると、喉を鳴らして擦り寄った。

「あなた達、いつの間にお友達になったの?」

答えるわけも無いのに、クルックシャンクを撫でながら思わず二匹にそう問いかけていた。
まさか二匹が友達だったなんて。この事を、ハーマイオニーは知っているのだろうか?ハーマイオニーが知ったら、きっと大騒ぎするに決まっている。(犬とシリウス・ブラックの共通点を無理矢理見つけ出して騒ぎ立てるハーマイオニーの姿が頭に浮かんだ。)何より、ハーマイオニーに知られてしまったら、もうクロに会えなくなってしまうかもしれない。この事は彼女には黙っておくべきだろう。
クロは後ろ足で耳の裏をひとしきり掻いた後、「ワンッ」とひと鳴きして私の懐に隠し持ったチキンを催促した。




2月に入り、クィディッチのレイブンクロー戦が近付いていた。
そう言えばハリーは箒が粉々になってしまっていたけど、一体試合はどうするんだろう。そんな事を考えていたある日、ハリーが突然ファイアボルトを持って談話室に現れた。それを見たグリフィンドール生達は大いに沸き上がり、たちまち談話室に歓声が溢れた。ファイアボルトって言ったら、とってもお高い箒だ。私だってそれくらい知っている。一体ハリーはどうやってそれを手に入れたんだろう?まさか自分で買ったのだろうか?

私も滅多にお目にかかれないであろう箒を少しでも見ようと群れに近付いたが、視線の端にハーマイオニーが仏頂面で教科書にかじりついている姿が見えた。談話室にいる皆がハリーの周りに集まっているというのに、彼女は此方を見向きもしない。その頑なな態度に、三人の今回の喧嘩はこの事が関係しているのだろうと何となく察しがついた。

ファイアボルトを皆が触りたがった為、私がそれに触れられたのはほんの数秒だった。間近で見たファイアボルトはとてもピカピカで、ツヤツヤだった――それが箒にあまり詳しくない私からのおよそ参考にならないであろう感想だ。



――その後はロンとハーマイオニーが大喧嘩をして大変だった。ロンが言うには、スキャバーズがクルックシャンクスに食べられてしまったらしいのだ。ハーマイオニーもハーマイオニーで、証拠が無いのだから決め付けるなと反論した。
新学期が始まってからずっとこの二人はその話題で揉めているなと内心呆れ返ったが、正直ロンには同情せずにはいられなかった。かわいがっているペットを失ってしまったのだから。

クルックシャンクスはこの事件から談話室に居づらくなってしまったのか、森に良く現れる様になっていた。まさか猫がそんな感情持ち合わせているわけが無いのだが、何故かそう感じていた。
私としては話を聞いてくれる相手が一人増えたので、とても嬉しかった。




***



いつものようにクロとクルックシャンクス相手に最近起きた事や勉強の話をお喋りをした後、クルックシャンクスを抱っこして城に戻ろうとしていた。明るいうちから外に出たはずなのに、お喋りに夢中になっている間に辺りはもう真っ暗になっていた。ホグワーツ城の明かりが遠くで煌々と光っている。その光に向かって芝生を踏みしめていたその時、クルックシャンクスが何かに気が付いて私の腕からひらりと飛び降りた。

「ナマエ、こんな所で何してるの?」

ハーマイオニーだった。クルックシャンクスは、何事も無かったかの様にハーマイオニーに擦り寄っている。ハーマイオニーはクルックシャンクスを抱きかかえると、疑うように目を細めて私を見た。

「何って――散歩だよ!ハーマイオニーこそ何してるの?」
「……私は、ハグリッドに会いに来たの」


自分への疑いの目を逸らす為に、私はハーマイオニーに質問し返した。ハーマイオニーは少し言いにくそうにそう言うと、悲しそうに目を伏せた。ああ、きっとロンやハリーと一緒に居づらいのだろう。クリスマス休暇の後から、ずっと三人は険悪ムードだった。

「――わ、私散歩してたらクルックシャンクスとさっきそこで会ったんだ」
「そう――きっとクルックシャンクスも談話室に居づらいんだわ。スキャバーズの事で疑われて――」
ハーマイオニーはそこまで言うと、大きく息を吸った。
「――わ、私、クルックシャンクスはやってないって思ってるわ――なのに皆して彼を疑うんですもの――ナマエだって、クルックシャンクスがスキャバーズを食べたって、お、思ってるんでしょ――」

ハーマイオニーはわっと泣き出した。ハーマイオニーの涙が、ボタボタとクルックシャンクスの額に落ちて彼の額を湿らせた。私はあたふたしながら、泣き声に合わせてヒクヒクと動いている彼女の肩を優しくさすった。

「食べたなんて、そんな――あんな不味そうなネズミ、クルックシャンクスはきっと食べないよ」

彼女を励まさなくては、と考えた末に出た言葉がそれだった。スキャバーズには悪いが、彼女を元気づけるためにはそう言うしかなかったのだ。本当は私もスキャバーズはクルックシャンクスに食べられてしまったと思っていたが、そんな事をこんなにいっぱいいっぱいになってしまっている彼女に言えなかった。
ハーマイオニーはひとしきり泣くと落ち着いたのか、ローブの袖で顔をゴシゴシと拭った。

「もう大丈夫よ。ありがとう」
「……戻ろうか」

クルックシャンクスの額はハーマイオニーの涙ですっかりびしょびしょになっていた。





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