第6話 脱獄犯と犬。






次の日の日曜の朝、私は医務室を出ることになった。

「お見舞いに来るね。お大事に。」

ベッドで上半身を起こしながら此方を見ているハリーにそう告げると、彼は相変わらず塞ぎ込んだような表情で「うん、ありがとう。」と小さな声で言った。ニンバス2000が粉々になってしまったことが彼には相当応えたらしい。競技用の箒については詳しく知らないが、そう簡単に買えない物だということは私にでも分かる。ハリーに何か励ましの言葉を掛けようと思ったが、何を言っても彼に追い打ちをかけてしまいそうな気がして私は後ろ髪を引かれるような気持ちで医務室を後にした。

それから私は朝食に向かい、パンを数枚、談話室から持ち込んだ日刊預言者新聞に包んだ。パンを包みながらふとしわくちゃになった日刊預言者新聞を見ると、一面に大きく写る脱獄犯シリウス・ブラックが不機嫌そうに顔を歪めた。きっとしわくちゃにしてしまったからだろう。私は新聞を真っ直ぐになるように軽く撫で付けると(それで真っ直ぐにはならなかったが)、クロに会う為に大広間から飛び出した。
外は昨日と変わらず雨が降り続いていた。一刻も早くクロに会いたい。あのクィディッチの試合の一件から、なんだかもう二度と会えないような気持ちに囚われていた。
ぬかるんだ道に時々足を取られながらも森のきわまで来ると、少し息を整えてから「クロ?」と小さく声をかけた。覗き込んだ森の中は、朝だというのに薄暗さが奥深くまで続いている。
「クロ?ご飯だよ?」
どうしたんだろう、いつもならすぐ出てくるのに。嫌な予感が再び頭をよぎり、もう一度今度は少し大きめな声で「クロ!」と呼ぶと、カサッと近くから枯れ木を踏む音が微かに聞こえた。音のした方へ目を向ければ、クロが木の陰から遠慮がちに此方を見ていた。

「クロ、なんですぐに出てこなかったの?」

いつもように声をかけるがクロは一向にその場から動こうとしない。尚も陰から此方を伺うクロに静かに近付くが、クロもそれに合わせるように後退りをした。寄っては離れの攻防戦が暫く続き、私の頭上を森の木が完全に覆って雨に濡れなくなった時、私はその場に座り込んだ。
何故だろう?私はクロに嫌われてしまったのだろうか?
お尻が汚れるのも構わず座り込んだままクロを見つめれば、クロは私を見つめ返して仄暗いグレーの瞳を数回瞬きした後、それから渋々といった様子で私にゆっくりと近付いて来た。そのまま怪我をした方の腕へ回り、鼻先でツンとそれを指し示す。

「怪我?もう大丈夫だよ。もしかして悪いと思ってるの?」

自分でそう言っておきながらもまさかそんなはずはないと笑えば、クロはクンクンと鼻を鳴らした。なんと、彼はどうやら本当に怪我のことを心配してくれているらしい。
私は「ありがとう」とクロを思い切り抱きしめると、それから新聞を広げてパンを出した。クロはパンに嬉しそうに飛びついたが、いつもならそのまますぐ全部平らげてしまうというのに、今日は一枚目のパンを口に咥えたまま何故だか新聞を見つめてジッとしている。なんだろうと新聞を覗き込めば、パンの下からシリウス・ブラックが此方をパチパチと瞬きしながら見つめ返していた。

「シリウス・ブラックだよ。クロ、知ってるの?」
クロはクンクンとシリウス・ブラックの顔の臭いを嗅いでいる。

「そいつ、ハリー・ポッターを狙っているんだって。ハリーと私、同じ寮なの。彼、最近不幸なことばっかり。箒も壊れてすっかり落ち込んでるし……」
クロは聞いているのか聞いていないのか分からなかったが、ハリーのあの暗い表情を思い出しながら独り言のように呟いていた。

「箒が手軽に買える物だったらクリスマスにプレゼントしてあげれるのにね。」

そう言いながらクロを見つめればクロはパンを頬張りながら計り知れない表情で私を見つめていた。



月曜日にはハリーが授業に戻ることになった。ハリーは朝からずっとマルフォイ達に冷やかされ続けている。私は彼が爆発してしまうのではないかと気が気でなかった。
午後の闇の魔術に対する防衛術の授業では、病気でお休みをしていたルーピン先生が戻ってきて生徒の殆どが喜びに歓声をあげていた。ルーピン先生の授業はとても楽しいと専ら生徒から好評で、例に漏れず私もそのうちの一人だった。終業ベルが鳴って教室を出る時、ハリーがルーピン先生に呼び止められるのを見た。


「ナマエ、本当に最近良く食べるわね!」

クリスマス休暇の一週間前の土曜日、ホグズミード行きが許された。早速ハニーデュークスでクロが食べられそうなものを選んで抱え込んでいると、隣にいたハーマイオニーが驚きと困惑の入り混じった表情で私を見てそう言った。

「う、うん。ねぇ、ハーマイオニー、クルックシャンクスってお菓子食べる?」

カップケーキを手に取ってハーマイオニーに見せれば「クルックシャンクスは猫なのよ?食べられるわけないじゃない。」と信じられないという表情で私を見る。

「スキャバーズはたまに食べるけどな。ハーマイオニーはそうやってクルックシャンクスを"猫らしい"扱いしかしないから僕のスキャバーズを追いかけるんじゃないか?」
「私が彼を猫らしい扱いしなくたって、彼の本能でそうしてしまうんだから仕方ないのよロン!」

またその話か。ロンとハーマイオニーはお互いのペットのことで最近良く揉めている。相変わらず「君のその本能のままに生きる猫を少しは躾したらどうだ?」「犬じゃないんだから躾なんて出来ないわ!」と口論している二人に「あの〜」と間延びした声で話しかけると、「なに?」と二人同時に振り返った。

「……あの、ハリーがきっと二人が帰って来るの楽しみに待ってるだろうから、その」

言葉に詰まって口ごもる私にハーマイオニーははっと思い出したような顔をして「そうよ、こんなことしていないでハリーに何か買って行かないと。」と言った。ロンは何だか腑に落ちない様子だったが、「ナマエ、またね。」とハーマイオニーに連れられて行ってしまった。私はそれを見届けて、手に取ったカップケーキに目を落とす。クルックシャンクスはお菓子を食べないのか。クロは何でも食べるのに。そこまで考えたのち、そう言えばクルックシャンクスが持ってきた手紙のことを聞くのを忘れていたということを思い出したのだった。






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