第3話 クィディッチと犬。






今日の雨は昨日よりも酷かった。
談話室まで戻って傘を取りに行ったはいいが、強風に煽られほとんど意味を成していない。全くの骨折り損だ。直しても直してもプリンのように裏返ってしまう傘に、とうとう裏返すことさえ諦めた私は傘を折り畳み、ずぶ濡れになりながら森へと急いだ。

「クロ!クロ!」

相変わらず強まる雨足と風に私の声は吸い込まれてしまう。それでも必死にクロの名前を呼べば、まるで影のような真っ黒な犬が森の奥から姿を現した。見慣れた姿ではあるが、やっぱり突然現れると少しびっくりする。
森の中では草木が屋根のような代わりをしていてくれているおかげで、クロの身体はほとんど濡れていなかった。しかし森から飛び出して来た途端、私が今そうであるようにクロもまた頭のてっぺんからバケツの水をかけられたかのようにびしょ濡れになった。

「クロ、だめじゃない。」

優しくそう言い、クロを濡れないように森の影の方へ押し込む。しかしどうだろう、何故だかクロは中々その場から動こうとしない。こんなこと今まで一度だってなかったのにどうして…―――?
 ふと、クロが何やら遠くを見据えていることに気が付いた。クロはそこから一瞬たりとも目を離さず、その場に石のように張り付いている。不思議に思って目線を辿れば、その先には今や雨音や雷鳴によって歓声の掻き消されたクィディッチ競技場があった。
音が聞こえてこなかったからすっかり忘れていた。試合が始まってどれくらい経ったのだろうか?
そこまで考えた時、先程まで散々動かなかったクロが突然走り出した。恐らくあの方向からすると…
「まさかクロ…!」
そのまさかだ。クロはクィディッチ競技場へ向かって一直線に、目にも止まらぬ速さで芝生を駆け抜けていく。必死に名前を呼び止めたが、その声は雨や雷の音の中に虚しく消えていった。

 あの場には生徒のほとんどが集まっている。いくら大雨がふっているとは言え、クロが見つからないとは限らないのだ。…もし、もし見つかったとしたらクロはどうなるのだろう?とても嫌な想像が一瞬脳裏を掠め、いてもたってもいられなくなった私は雨でぬかるんだ土の上を駆け出していた。
雨が頬を激しく打ち、視界も最悪だ。雷の音が鳴る度に私の鼓動もそれに合わせるように共鳴した。正直に言うと雷は苦手なのだ。薄目でクロの姿を探したが、その姿はとっくに見えなくなっていた。

競技場に近付き、やっと歓声の音が雨や雷の音に混じって聞こえてくるようになった。階段を探し、視線を張り巡らせながら階段を掛け上がる。一番下のスタンドには…いない。二段目にもいない。
そうして階段を掛け上がり、必死になって探しているうちに、とうとうスタンドの一番上まで来てしまった。ここには見る限り誰も座っていない。とは言っても雨で視界は悪い為人がいるかどうかなどほとんど分からないのだが。もしかしたらクロはスタンドではなくて外にいるのかもしれない…
 その時突然、一際大きな雷が鳴り響いた。辺りが雷の光に照らし出され、数秒遅れで雷鳴が轟く。思わず耳を塞いだ私の目に、一瞬の光ではっきりと映った。真っ黒な大きな犬が。少し離れた位置に大人く座っているクロの姿が。
首を上げて上空を見つめるクロのその姿は、まるでクィディッチを観戦しているかのようだ。
 私はほとんど前のめりになりながら走り出してクロの首元に飛び付いていた。突然のことで驚いたクロはスタンドの椅子と椅子の間にバランスを崩し、落ちる。その拍子で腕に噛み付かれ鈍い激痛が全身を駆け巡ったが、取り乱した今の私はそんなことを気にしているところではなかった。

「クロ!」

私がクロ名前を呼んだのと同時に、客席から大きな悲鳴が上った。雨の音が止み、不気味な静けさに包まれる。空気がなんだかさっきよりもに冷たい。驚いて振り向いた私の目に入ったのは大量のディメンター、そして上空から落下する「誰か」の姿だった。




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テーマ「人外ファンタジー」
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