第10話 少女と犬。






「ハーマイオニー、そんな話でナマエが本当に信じると思うのかい?」
「――でも、そうするしかないわ。だってこの事は私達三人とダンブルドア校長だけの秘密なんですもの」

校庭の芝生を踏みしめながらハーマイオニーがそう告げると、ロンは未だに納得のいかないような表情を浮かべた。
ナマエとシリウスの奇妙な関係を、ハリー達はあの夜に聞かされていた。

「そうだ――ハリー、わたしの代わりにナマエに謝っておいてくれないか」
「えっ、ナマエを知っているの?」

ハリーがそう訊ねると、シリウスは苦笑いを浮かべて「ああ、彼女には随分世話になったよ――犬としてね」と言った。

「彼女はわたしを完全に犬だと思い込んでいるだろうから、きっと急に居なくなったら寂しがるに違いない」

ハリー達はこうしてナマエの最近の不審な行動の理由がやっと分かった。


「でもまさか、ナマエが知らずにシリウスを手助けしていたとはね」
「きっとあの犬が人間だったって知ったら、彼女とてつもなくショックを受けてしまうわ。絶対に言ったらダメよ」

医務室に向かいながら、ハーマイオニーがハリーとロンに再度念を押した。
ナマエは医務室のベッドで上半身を起こしてぼんやりとしている様子だった。それからハリー達が医務室に入って来たことに気が付くと、弱々しく手を振った。

「調子はどう?」
「明日には退院していいってマダム・ポンフリーが」

暴れ柳の攻撃を直に受けたナマエの怪我は、ハリー達以上に重症だった。ナマエは前後の記憶があまり無いようで、かえってそれはハリー達にとって都合が良かった。

「――あー、あのね、ナマエ。あなたがこっそりかわいがっていた犬の事なんだけれど」
「……クロの事?」
「君、あの犬に名前なんか付けていたのか!」

ロンが吹き出しそうになっているのを、ハーマイオニーが睨み付けて静止した。

「そう、クロの事よ。クロはね――親切な人に引き取られて行ったの」
「……親切な人って誰?」
「僕の知り合いさ!」
「――そう!ロンの知り合いの、とっても親切な人よ!」

ロンが咄嗟にそう言ったのに合わせて、ハーマイオニーが便乗した。その言葉に、ナマエは心底ホッとしたというような表情で「よ、良かった……」と呟いた。

「その犬……クロが、君にとっても感謝していたよ」
「何故分かるの、ハリー」
「あー、実はね、皆には内緒なんだけど……ハリーには犬の言葉が分かるの!」

ハーマイオニーの苦しい言い訳に、遂にロンが堪えきれずに吹き出した。ハーマイオニーはロンを咎めるように見ると、笑うのを止めさせるように肘で思い切り小突いた。
ハリー自身もまさかナマエがこんな言い訳を信じるはずないだろうと思ったが、そのまさか、ナマエは尊敬の眼差しでハリーを見つめ返した。

「うん――まぁ、そんなとこ……」
「へぇ!蛇語が分かるとは聞いてたけど、ハリーは犬の言葉まで分かるのね!」
「そうよ、だからクロはもう大丈夫よ。ナマエは安心してね」


医務室から出た瞬間、ロンは思い切り笑い出した。それを見て、ハーマイオニーはハァと一際大きいため息をついた。

「――犬の言葉が――分かるのね!って、ひひひ――か、彼女本当に信じちゃった!!」
「そんなに笑う事ないじゃない……ナマエは純粋なのよ」

ハリーはロンが笑いすぎて呼吸困難になってしまうのでは無いかと心配した。ロンが笑っている間中ずっと、ハーマイオニーは不機嫌な表情を浮かべていた。
ロンはひとしきり笑うと、急に真剣な表情で「でも待てよ」と言った。

「この先、ナマエがハリーに犬の翻訳を頼みに来たら一体どうするんだ?」
「僕、当てずっぽうで答えるさ。占い学の時みたいに」

ハリーとロンは互いに目を合わせて、にやりと笑った。






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