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※ジェームズと入れ替わりギャグ/なんでも許せる人向け
中庭を横切ろうとした時、数メートル先の二つの人影を見たナマエは思わず「うぇ」と声を漏らした。クィディッチのユニフォームに身を包んだジェームズ・ポッターが、スリザリンのセブルス・スネイプに何やら突っかかっている。彼等が掛け合う呪文に万が一当たってでもしまったら堪ったものじゃない。
面倒臭い所に遭遇してしまったと内心ため息をつきながら早足で彼等の隣を通り過ぎようとした時、スネイプとポッターが同時に杖を構えて呪文を唱えた。たちまち赤色と黄色の閃光が走り、ぶつかり、そしてその呪文が跳ねた。それから、その二つの閃光は、空中を弧を描くようにビュンビュンと音を立てて飛び回った。
――あ、と思った時には既に遅く、そのうちの一つの閃光がナマエの脳天目掛けて降り掛かってきたのだった。
◇◇◇
「大丈夫?」
頭上から振りかけられる声に、私はパチリと目を開ける。眼前に広がる青い空と覗き込む沢山の顔に、自分が気絶して倒れていたのだと気が付いた。私を覗き込む顔達は、興味津々という様子で私を見ている。それがなんだか居心地が悪くなって起き上がろうとした時、ズキッと後頭部が強く痛んだ。どうやら先程の衝撃で頭を打ち付けてしまったらしかった。
「――ナマエ!!」
群衆を掻き分けるように、太陽のように真っ赤な頭が此方に近付いてくるのが見える。あれは間違いなくリリーだ。リリーは、やっとの思いで群衆から抜け出すと、「大丈夫?何があったの?!」と此方へ駆け寄って……
来なかった。
リリーは私の名前を呼びながら、もう一つの倒れた人物を抱き起こした。何が起こっているのだろう。私はここにいるのに。リリー、頭おかしくなっちゃったの?
しかし、リリーが抱き起こした人物の顔を見て衝撃が走った。
そこには、"私"がいた。
自分の顔を見間違うわけが無い。あれは間違いなく私なのだ。
一方、上半身を起こした"私"はリリーの顔と、私の顔を見ると、不気味な程に口角を吊り上げて、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……あ、あんた誰なの?!」
目の前にいる"私"を指差しながら思わずそう叫んだその時、自分の口から飛び出た声があまりに低いもので思わず口元を押さえる。しかし今度はその押さえた手や骨格が、自分の知っている自分自身のそれより遥かに大きい事に今更気が付いた。
「ポッター、あなた一体何言ってるの?」
リリーは訝しげに私に向かってそう言った。
……私に向かって?どういうこと?
私は「だ、誰か鏡持ってない?」と周りに尋ねた。ハッフルパフの女の子が、「あ、持ってるよ!」とポケットから小さな鏡を取り出したのを受け取り、恐る恐る鏡を覗き込む。そこには、無造作にはねた髪の毛と、ハシバミ色の瞳の男が映っていた。そう、それは紛れもなくジェームズ・ポッターそのものだ。
私は鏡が割れるのではないかと言う勢いで絶叫した。
その後私は散々な目にあった。あの騒ぎの最中、グリフィンドールのクディッチ選手のメンバーがポッター(つまり私)を探しに来た。どうやらその日は不幸にもグリフィンドールのクィディッチの練習日だったらしい。中々練習に現れないポッター(何度も言うけどつまり今は私)を探しに来たのだ。半ば強制的に競技場へ連れ去られる私へ向かって、もう一人の"私"がニヤニヤしながら手を振った。
――勿論、私はクィディッチなどやった事がない。箒はたまに乗るくらいなので苦手だ。そんな私を他所に、ブラッジャーは容赦なく襲いかかるし、クアッフルは手元に回ってくる。クアッフルを何度か取りこぼし、その度に私のせいで練習が中止になっていた。
「ジェームズ、今日は随分調子悪いんじゃないか?」
同じくチェイサーを務めるジェイコブが私の顔を覗き込んで心配顔でそう言った。そりゃそうだ。私はジェームズ・ポッターじゃないんだから。
「ご、ごめん。今日はちょっと体調が悪いみたいで……」
困った様に言えば、ジェイコブは同情するような表情を浮かべる。それから「試合までには調子戻せよ!」と私の肩をガシッと組むと、力強くバンバンと叩いた。痛い痛い、力強いっての。中身はか弱い女の子なんだぞ、と言いたいのを私の喉元辺りでぐっと堪える。また頭がおかしい奴扱いされては堪ったもんじゃない。
シャワーは勿論浴びれる訳もなく、私はボロボロの格好で競技場から真っ直ぐと大広間へ夕食を食べに向かった。大広間を見渡すと、大広間の真ん中の辺りにお目当ての人がいた。"私"だ。"私"がリリーと何やら楽しそうにお話している。でもそれは"私"であって私ではないのだ。何を言ってるのか自分でも訳が分からない。
そしてこれは予想だけど、もしあの跳ね返った呪文のせいで中身が入れ替わってしまったと仮定したとして、私が今ポッターの中にいると言うことはきっと"私"の中身はポッターのはずなのだ。
私は二人に近付くと、私(恐らくポッター)をじっと睨み付けた。
「何か用?」
ポッターが口を開くより先に、リリーが眉根を寄せて私にそう言った。私は未だかつてリリーにこんな冷たくされた事はない。リリーの冷たい視線が私に突き刺さる。ポッターはこんな扱いを毎日受けているのかと、少しだけ同情した。
「リリー、その子はナマエじゃないんだよ」
もうどうにでもなれ。そんな気持ちでそう伝えると、リリーは「はぁ?」という表情を浮かべ、私(つまり中身はポッター)と顔を見合わせた。
と言うかポッター、お前は何故すっとぼけて私になりきってるんだよ。
「……あなたついに頭がおかしくなったのね。それから馴れ馴れしくリリーなんて呼ばないで。許可してないもの」
リリーが苦虫を噛み潰したような顔で私に冷たく言った。まるで私の半径1mが臭い玉のベールか何かで覆われているとでも言うような嫌悪感でいっぱいの表情である。これには流石の私も自分がポッターである事を忘れて泣きそうになった。
しかし後方から唐突に「ジェームズ!」と名前を呼ばれ私は思わず涙が引っ込んだ。
「お前どうしたんだよ、それ。ボロボロじゃねーか」
振り返ると、シリウス・ブラックが呆れ返った顔で私を見ていた。相変わらずのハンサムボーイである。
「あー、ちょっと今日は調子が悪くて」
「珍しいな。とりあえずシャワーぐらい浴びてこいよ」
「……それは色んな事情で出来ないんだよ」
ちらりと恨みがましく後ろにいる私の皮を被ったポッターを睨み付ければ、ポッターは澄ました顔で私を見つめ返した。どうやらポッターはあくまでもナマエを演じきるつもりらしい。
ブラックは「なんなんだよ、その事情ってのはよー」とぶつくさ言いながら杖を取り出し、それから「スコージファイ」と私に向かって杖を振るった。たちまち私の全身についた泥や土が落ちて綺麗になっていった。
「ありがとう、ブラック」
「は?」
しまった、と思うのと同時にポッターが後ろ手で「チッ」と舌打ちしたのが聞こえた。それから唐突に立ち上がると、ポッターは私の腕を掴んで大広間を飛び出し、それから真っ直ぐとホール脇にある小さな空き部屋へ私を引っ張り込んだ。
「ちょっと何なのよ?!」
「……何なのって、君さー、もっと上手くやってくれないと」
開口一番、ポッターは私の顔でイラついたようにそう言った。腕なんか組んで、がに股で足をパタパタと落ち着きなく貧乏揺すりしている。
「冗談じゃないわ!早く戻しなさいよ」
「僕の顔でそんな女みたいな話し方しないでくれよ」
「あなたも、がに股は辞めていただける?」
嫌味たらしく言えば、ポッターはやれやれという表情で足を正した。
「君のせいで確実にシリウスに怪しまれたぞ」
「別に私は構わないよ。だって早く元に戻りたいもん」
その時ガタッと部屋の外から物音がした。ポッターがすぐさま扉を開ければ、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、それから更にはピーター・ペティグリューが私達の会話に聞き耳を立てていた様だった。3人は居心地が悪そうに「やぁ」と笑った。
「やぁ、じゃないよ。勝手に聞き耳を立てるなんて」
「悪かったって……で、お前がジェームズ?」
ポッターが私の身体でそう詰め寄るものだから、ブラックは気まずそうにしている。ぺティグリューは私とポッターの顔を何度も見返し、それでもまだ状況を理解していない様だった。
「そうだよ。せっかくリリーと仲良くお話してたのに、君が邪魔をするから……」
「リリーが友好的に話しかけてくれるのは"私"だからよ!」
一方ブラックは私がポッターの顔で女言葉を話すものだから、それが死ぬほどおかしかったらしく、お腹を抱えて蹲って笑っている。こちらとしては全くもって笑えない状況だ。ポッターは「僕、戻りたくないな〜」と駄々をこね、自分が"私"になっている間どれだけリリーが優しかったかを熱弁した。
「リリーったら、僕の腕を組んだんだ!」
「ポッターのじゃなくて、私の腕よ」
ポッターは私の話に耳を傾けることも無く話続けている。思わずルーピンとぺティグリューに助けを求めるように視線を送れば、2人とも肩を竦めた。
「兎に角、僕はナマエのままでいたい!」
「ふざけないでよ!」
散々話して満足したポッターがそう結論づける。私は思わず絶叫した。
「……そんな、ジェームズあんまりだよ」
見兼ねたルーピンがそう咎めたが、ポッターには響いていないようだ。
「それに君の身体、小さくて身軽で心地良いし」
「ま、まさかシャワー浴びたりしてないよね?」
「それは君の許可を取ってからにしようと思って」
――何を抜かしているんだこいつは。これにはルーピンも頭を抱えている。先程まで端で笑い転げていたブラックは、今度は便乗するように「ジェームズ、一緒に監督生用の風呂にでも入ろうぜ!」等と言い始めた。
「そんな事するなら、私今から全裸になって大広間で暴れてやる!!!!!」
私は顔を真っ赤にしてそう叫んだ。一瞬その場にいた全員がポカーンとした後、ポッターを除いた3人が笑い転げ始めた。私はそれもお構い無しに、ふんふんと怒りで鼻を鳴らしながら、クィディッチのユニフォームを脱ぎ始める。
この狭くて小さい空き部屋に、3人の笑い声、そしてポッターの「頼む、それだけは辞めてくれ!」と懇願する声が響いたのだった。
――to be continue
(嘘です。続きません。)