63  春の雪解け




4月に入り、いよいよO.W.L.試験が2ヶ月後に迫っていた。どの授業でも大量の宿題が出されていたし、それに加えて過去に習った授業内容もO.W.L.試験に向けて復習が必要で、ほとんどの5年生がパニック状態に陥っていた。優等生のリリーですら、時々その宿題の多さにため息をついていた。

マクゴナガル先生が変身術の授業でうんと難しくて大量の宿題を出したその日の深夜、啜り泣く声で私は目が覚めた。何事かと驚いて上半身をベッドから起こすと、隣のベッドで同じように目が覚めて上半身を起こしているリリーと目が合った。どうやら泣いているのはリリーではない誰からしい。

寝室は灯りがいらない程に明るかった。それもそのはず、窓の外には驚く程大きく真ん丸なお月様が煌々と光り輝いている。それから月明かりに照らされた部屋を見渡せば、私のちょうど反対側、足元側のベッドから声が聞こえてくることに気が付いた。このベッドは――マーニーのベッドだ。私とリリーはもう一度目を見合わせると、恐る恐るマーニーのベッドに向かって声をかけた。

「マーニー……?大丈夫?どこか痛いの?」

マーニーはその問いかけに応えることはなく、依然啜り泣く声が響くだけだ。
痺れを切らしたリリーはベッドから立ち上がり、マーニーに近付いて更に声をかけた。

「マーニー、具合が悪いなら医務室に……」
「……ち、違うの」

震えた声で、やっとマーニーが答えた。そして次の瞬間には寝室に響き渡るような声でおいおいと泣き出した。
流石にこれには熟睡していたキャシーやアリシャも驚いて飛び起き、「どうしたの?!」と半分寝ぼけながら声を上げた。

「わ、私きっと、O.W.L.試験で、ら、落第するわ!!」

ひっくひっくとしゃくり上げながら、マーニーが顔を覆ってそう言った。どうやら毎日少しずつ積み重ねられていたプレッシャーとストレスが、今日のマクゴナガル先生の宿題で遂に爆発してしまったらしい。
リリーはマーニーの背中をゆっくりさすると、「そんなことないわ!きっと怖い夢でも見たのね。談話室の暖炉の火にあたればきっと落ち着くわ。行きましょう?」と優しく言った。

私とリリーはマーニーを支えながら談話室まで降りた。

「ナマエ、私はマクゴナガル先生をひとまず呼んでくるから、談話室でマーニーの様子を見ていてちょうだい」
「うん。わかっ……」

そう言いながら階段を下りきって談話室に着いた瞬間、暖炉の前に数人の人影があることに気が付いた私とリリーは驚いて息を呑んだ。その人影達も私達が突然下りてきたことに心底驚いたようで、互いに黙って暫く硬直していた。
しかしすぐにその人影の正体が誰なのか気が付いたリリーは、少し声を顰めて「ポッター!」と叫んだ。

「それに、ブラックとペティグリューも!あなた達、一体こんな時間に何をやっているの?」

リリーは信じられない、という表情でそう言った。
斯く言う私は、ポッター達がそこにいたことに大して驚きはしなかった。過去に何度も、ベッドを抜け出している彼等に遭遇したことがあるからだ。リーマスが以前「もう深夜に出歩いていない」というようなことを言っていたが、私は信じていなかった。そしたら案の定だ。

ポッターはバツが悪そうな顔でボサボサの頭を掻くと「えーっと……」と呟いた。

「リーマスが病気で居ないからって!あなた達、まさかだけど談話室から出て歩き回っている、なんてことないわよね?」
「そんなまさか」

シリウスが、おどけたようにリリーにそう答えた。
――絶対に嘘だ。この3人は出歩いてるに決まってる。きっとポッターのあの不思議なマントで……

「僕達3人ともテストの悪夢を見てさ、眠れなくなって談話室に下りてきたってわけ」

ポッターがいけしゃあしゃあと見えすいた嘘を付いた。それからシリウスとペティグリューに同意を求めるように「ね?」と訊ねると、2人は「そうだそうだ」と首を縦に振った。
これにはリリーも更に腹を立てて、「そんな嘘、通用しないわ!」と熱り立った。

「嘘じゃないさ。そうだろう?ミョウジ?」
「えっ?」

突然の飛び火だった。思わず素っ頓狂な声を上げる。すっかり泣き止んでいたマーニーも、困惑したようにポッターと私の顔を交互に見た。

「ナマエ、どういうこと?何か知っているの?」
「えっ、し、知らないよ!」

すぐさま鋭い視線がリリーから飛んできた。嘘をつくのが苦手な私は、分かりやすく動揺していた。勘の鋭いリリーなら、きっと私が嘘を付いたことに気が付いてしまったはずだ。

「……その話は後で聞くわ。兎に角、マーニーも落ち着いたみたいだし私達寝室に戻るわ。くれぐれも、外に出ようなんて試みないことね」

リリーは目を三角にして3人にそう力強く忠告すると、マーニーの肩を抱いて寝室に戻った。


しかし寝室に戻ると、それから今度は先程のポッターと私のやり取りに対する厳しい追及が待っていた。リリーの怒りは、今や私の方に向かっていたのだ。最早嘘をつくことも出来ず、正直に去年ポッター達が夜中に出歩いているのを知っていながら黙っていたことを打ち明けた。

「ナマエ、何故黙っていたの?それじゃあ彼等を庇っているみたいだわ!」
「庇っているつもりじゃ……ただ悪夢を見て寝れなくなっていたことがバレるのがなんとなく恥ずかしくて……」
「そんなこと……出歩いていることがバレたら大変なことになるのよ!寮の点数だって沢山引かれるし、ポッター達だってきっと退学だわ!」

そう言って、リリーは自分の言葉に何やらハッとした顔をした。
それからぶつぶつと独り言のように「……そうだわ、退学なんて自業自得じゃない。あんな奴等……バレて退学になれば良いんだわ」と呟いた。

「兎に角、彼等が退学になるのは自業自得として、ナマエが黙っていたことは許されないことよ!」

リリーは早口で捲し立てるようにそう言うと、ベッドに潜り込んでしまった。

「ねぇ、ナマエとリリー、もう話は終わった?」
「ああ、煩くしてごめんね。おやすみ」

寝ぼけ声のキャシーにそう答えてベッドに入ると、私は布団の隙間からリリーのベッドを見つめた。リリーは布団の中にすっかり潜り込んでしまっている。
……あんなにリリーに怒られるのは初めてのことだ。しかしこればかりは自分のせいだ。リリーは正しいことしか言っていない。私は自分を責めながらぎゅっと目を瞑り、いつの間にか深い眠りに落ちていた。





***




次の日、リリーは半日私と口を利いてくれなかった。これも初めてのことだった。思えばリリーはいつでも私の味方でいてくれたので、喧嘩らしい喧嘩を今まで一度だってしたことが無かったのだ。

それからリリーがやっと話しかけてきてくれたのは、魔法薬学の授業の時だった。
ぼーっとしていて鍋に間違えた材料を入れようとしていたことにも気が付かない私をリリーははこっそり見ていたらしく、どうにもこうにも黙っていられなくなり「ナマエ、それを入れるのは一番最後よ!」と私の腕を掴んだのだ。

それからは春の雪解けのように私達はいつも通りの関係に戻っていた。口を利いていなかったのがまるで嘘のようだ。と言っても口を利かなかったのは半日だけだが。

そしてその春の雪解けは、思わぬところでも起こった。同室のアリシャやキャシー達と占い学のある北塔へ向かう途中で、同じように北塔へ向かっていたシリウスが突然話しかけてきたのだ。
それを見たアリシャとキャシーは、くすくすと笑いながら「先に行ってるわね」と要らぬお節介を働いてさっさと先に行ってしまった。

「お前、もうエバンズとすっかり仲直りしたんだな」
「ええ、まぁ、おかげさまで」
「ふーん。女ってのは良く分かんねぇなぁ」

ぎこちなく返事をする私にシリウスはそう言うと、大きなあくびをした。
私からすれば、シリウスも充分良く分からない人だと思う。現に、何故こうやって急に話しかけてきたのかとんと見当もつかなかった。

しかしながら、突然無視をされるのはとても傷付くということを今日私は改めて思い知った。それが例え自分に非があったとしても、だ。
私は覚えていなかったが、もし1年生の頃、本当に突然シリウスを無視するようになってしまったのだったら――やっぱり私はちゃんと彼に謝るべきだ。

「あのさシリウス、私1年生の頃のことって本当に何にも覚えてないんだけどね、その……もしシリウスの言うように私が突然無視するようになったんだとしたら……本当にごめんね」

そう言うと、隣に並んで歩いていたシリウスが突然石化したように立ち止まった。驚いてシリウスを振り返れば、彼もまた驚きに満ちた表情を浮かべている。それからみるみる彼の顔が赤くなっていった。

「……俺はそんなこともう気にしちゃいねーよ」
「えっ、そうなの?なら良かったけど……でも、何でそんなに照れてるの?」
「別に照れてるわけじゃねぇよ、ナマエが急に素直に謝ってくるもんだから驚いただけだ」

そう言うとシリウスは途端に石化の呪文が解けたようにスタスタと歩き出した。すっかり顔色も戻ったように見える。照れているように見えたのも、もしかしたら私の勘違いだったのかもしれない。

「兎に角、だ。お前とエバンズがちゃんと仲直りしたんなら良かったよ。俺らのせいで絶交したなんてことになったらたまったもんじゃねーからな。じゃあ俺はこっちだから。じゃーな」

そう言うと、半分逃げるようにシリウスはマグル学へ続く階段の方向へ消えて行ってしまった。
……もしかして彼なりに、私達のことを心配してくれたのだろうか?
そんなことを考えながら暫くシリウスが消えていった方向を呆けて見つめていたが、突然始業ベルが鳴り響き、私は弾かれたように占い学の教室へ走り出したのだった。(そしてこの日は勿論遅刻した)







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