61 誰のせい?




「で、何処に行く?」

ホグズミードに着くと、シリウスがハイストリート通りをキョロキョロしながらそう言った。

「俺は何でも奢るぜ」
「……そう言えば、そういう話だったね」

そう言ってうーんと唸る。高い物を奢ってもらうのは何だか気が引けるし、無難にハニーデュークスや三本の箒あたりに行っておくべきだろうか。
そう考えあぐねいていると、シリウスがにこにこ顔で「なあ、俺考えたんだけど」と提案した。

「マダム・パディフットの喫茶店なんてどうだ?」
「……マダム・パディフットの喫茶店?」
「バレンタインデーの限定メニューがあるんだろ?」

シリウスはとびっきりの提案だとでもいうように得意満面でそう言った。しかし、当の私は眉間に皺を寄せてシリウスを見ていた。それもそのはず、そのとびっきりの提案を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、あの日のリーマスの言葉だったからだ。

シリウスから"女の子は皆そこに行きたがる"って聞いた――

その言葉を思い出して、私の眉間の皺はますます深くなる。なぜだか無性に腹立たしくなってきた。そんな私の顔を見たシリウスは「なんだよ、その顔」と間抜けな表情を浮かべる。それが余計に憎たらしかった。

「……マダム・パディフットの喫茶店には行かない」
「はぁ?何でだよ」
「マダムに"シリウス・ブラックが連れて来た女の子の1人"って思われるのなんて嫌だもん」

私のその言葉にシリウスは眉をピクリとさせると、みるみるうちに顰めっ面になっていった。 今や、顔を顰めた2人がハイストリートのど真ん中で真っ向から睨み合っている状態だ。すれ違う人達が、そんな私達を不思議そうな顔で見ていた。

「……あーそうかよ。じゃあ三本の箒にでも行くか」

シリウスはそう言うと、私の意見も聞かずに三本の箒に向かってずんずん歩き始めた。その歩くスピードの早いこと、私は置いていかれないよう必死に早歩きでその背中を追いかけた。


三本の箒の店内は、ほとんどホグワーツの生徒や先生で埋め尽くされていた。バーのカウンターでは、スラグホーン先生が鼻っつらを真っ赤にしてマダム・ロスメルタに話しかけているのが見える。
シリウスは相変わらず真っ直ぐ前を見据えたまま更に店の奥へとずんずん進み、窓際の端っこのテーブルに着くと、乱雑に椅子を引いてどっかと座り込んだ。私も同じように向かい合った椅子を引いて座る。シリウスはそれから暫く頬杖をついて窓の外を不機嫌そうな顔で眺めていた。
右斜めの席に座っていた女の子の団体が、何度も振り返ってはシリウスを見ているのが嫌でも目に入った。勿論、シリウスを見た後に私を見てコソコソと話をするまでがお決まりのセットだ。そのせいでなんだか急に恥ずかしくなった私は、寝室からリーマスに貰った透明マントを持って来なかったことを後悔した。透明マントを被って、今すぐ私の姿が皆から見えなくなれば良いのに。
そんなことを考えていると、シリウスが急に此方に振り返り、突然「……お前さ」と口を開いた。

「ほんとかわいくないよな」
「……またその話?」

シリウスが謝ってきてやっと冷戦状態になったと言うのに、またこの男はほじくり返す気か。かわいくないなんて、そんなの自分が一番良く分かってる。私は性格も容姿も、ずっとずっとブスだ。私はシリウスを眉根を寄せて睨み付けた。

「はいはい、言われなくても分かってるよ。どうせ私は――」
「いーや、分かってないな。お前、変わったよ。なんでそんなひねくれちまったんだ?」

――この男は、私をバカにしているのだろうか?
しかし、シリウスは依然真面目な顔で私を見ている。変わった、だなんて、どの時点からの話をしているのだろうか。私が彼に素直に優しく話しかけた記憶なんて、いくら遡ってみても一度だって無いはずだ。

「"変わった"なんて言われる程、私があなたと親しかったことあった?」
「親しいかどうかは知らねーけど、少なくとも1年の頃はお前、普通に俺に話しかけてきてただろうが」

私は思わず「はぁ?」と聞き返した。さっきから、私とシリウスの会話がどうにも噛み合わない。どうやらシリウスの記憶には、私も知らない"素直でシリウスと親しい1年生の私"がいるらしい。全く、妄想も甚だしい。私は1年生の頃にシリウスに"ブス"と言われてから、ずっと俯いて生きてきたと言うのに。

「その記憶、間違ってるんじゃない?私、あなたに"ブス"って言われてからずっと……ずっとあなたのこと嫌いだったもん。誰のせいでこんな――」

言いかけて、その先の言葉を飲み込んだ。
……誰のせいで、こんなに卑屈でひねくれた性格になってしまったのだろう。果たして本当にシリウスだけのせいなのだろうか。こんなに自分に自信が無いのは"自分がブスだから"、本当にそれだけ――?頭の中でぐるぐるとそんな考えが渦巻いては消える。目の前のシリウスがどんどん歪みはじめた。ああ、ダメだ、このままだと泣いてしまいそうだ。

「……やっぱり今日は奢ってくれなくて良いや。私帰るね」
「――おい、」

私はそう言って立ち上がると、後ろも振り返らずにホグワーツへと戻った。

ホグワーツに戻っている間もずっと、頭の中で自問自答し続けていた。怒りに任せてシリウスのせいでこうなったと言いかけてしまったが、実際のところはどうなのだろうか。
だってきっと、もしもあの時私じゃなくてリリーがシリウスにブスだと言われたとしても、彼女なら間違いなく怒るだろうけど私ほど落ち込まないはずだし、こうして何年も引きずったりしないからだ。きっと、彼の一言は私の中の自信のなさや卑屈さを引き出す引き金でしか無かったのだ。

そうなのだとしたら、果たして私が自分に自信を持つ日はいつになるのだろうか。なんとなく、シリウスがあの日のことを謝ってくれれば自信を取り戻せるような気がしていた。でも、実際は違かった。
なんだかそれはとても果てしないことのような気がして、私は大きくため息をついた。







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