60 呆れた奴




結局シリウスから"闇の魔術に対する防衛術"の実技を教えてもらえないまま、あっという間に土曜日のホグズミード行きの日になってしまった。

何を着て行くか悩んだ末に結局普段と同じ服を着た私の姿を見て、マーニーが「いつも通りの格好じゃない!」と叫んだ。「お洒落して行くって話だったじゃない!」と尚も喚くマーニーを軽くあしらって談話室に下りると、ポッターとぺティグリューが暖炉の前のソファを陣取ってチェスをしているのが目に入った。
近付いてみると、どうやら試合はポッターの方が優勢のようで、ぺティグリューは爪を噛みながら次の手を必死に考えている様子だ。シリウスはそれを隣から退屈そうに眺めていた。リーマスは居なかった。きっとまた具合が悪いのだろう。
黙って傍らに立って試合を眺めていた私の存在にシリウスが漸く気が付き、勢い良く立ち上がった。

「……よお」
「……おはよう」
「朝食、食ったか?」
「うん」

何とも言えない空気が流れた。気まずくなってポッター達に目線を逸らすと、2人はそんな私達のやり取りを見てにやにやとしている。

「あー、じゃあ行くか」
「……うん、そうだね」

シリウスの顔をなんとなく見れないまま、私達は談話室を出た。

談話室を出てからフィルチの外出許可のチェックの列に並ぶまでの間、私達は不自然なくらいに間隔を空けて歩いていた。
沢山の女の子にじろじろと見られているのを嫌でも感じていたし、それ以上にシリウスの隣を歩いているという事実が妙にむず痒かった。シリウスがいるであろう右側半身だけ、金縛りの呪文をかけられたみたいに固まってしまったようだ。

気まずすぎて、一刻も早くこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。……なにか、なにか話さないと。
何だか思考することすら鈍くなった自分の脳みそに必死に働きかけて、私は若干上ずったような声で「そう言えばさっきのポッターとぺティグリューのチェスの試合、どっちが勝ったのかなぁ?」としょうもない話題を提供した。

「あー、ありゃ間違いなくジェームズだろうな」
「ふーん、そっか……あ、あとリーマスも居なかったけど、また具合悪いの?」
「……そんなにリーマスが気になるのか?」

その言葉に驚いて金縛りの呪文が解けた私は、思わずシリウスを見た。シリウスは眉を顰めて私を見ている。

「そりゃ友達だもん、当たり前でしょう?」
「あー、そうだったな。お前達は"友達"だった」

やけに棘のある言い方だった。
「何が言いたいの?」と問い詰めれば、シリウスはぶっきらぼうに「別に」と言い、「リーマスは昨日から具合が悪いんだよ」と目を逸らした。

「ねぇ――」
「そう言えば、結局お前に結局闇の魔術に対する防衛術の実技も教えてやれなかったな」

口を開きかけた私を遮るように、シリウスが突然そう言った。まるで先程の会話など無かったかのようだ。
私はなんだか腑に落ちないまま、「別に大丈夫だよ。それにあなたはとーっても忙しかったみたいだったし」と仕返しの気持ちでわざとらしく棘のある言い方でそう言うと、シリウスは思い出したように「あー」と声を上げ、それから途端ににやにやと笑い出した。

「確かに忙しかったなぁ、毎日毎日追っかけ回されて……人気者ってのも辛いもんだ」
「……呆れた」

感慨深げにそう言うシリウスを眉根を寄せて見ると、彼は満足気な笑みを浮かべて此方を見た。
彼の中には謙遜という文字は存在しないらしい。

「せいぜい惚れ薬なんて盛られないようにね」
「勿論もう何回も盛られてる」
「えっ」

飄々とそう言うシリウスを驚いて見る。
彼は私のリアクションに更に満足したようで、「心配しなくても気が付いてちゃんと捨ててるよ。……まぁ、一つだけ、ピーターが間違えて食っちまったことがあるけどな」としたり顔で言ってのけた。

「あの時のピーターの姿、ナマエにも見せてやりたかったなぁ。ほんと傑作だったぜ」
「……信じられない」

あまりに呆れて言葉も失ったタイミングで、丁度列が進んでフィルチの目の前に来た。毎度の如く舐め回すように長いリストを見て私達の名前をチェックすると、剥き出したような目をギョロっとシリウスに向けた。

「そのポケットに突っ込んだ手を見せろ」
「はいはい」

シリウスがポケットから手を出してフィルチの前でヒラヒラさせると、今度は「ポケットも裏返せ!」と顎をわなわなと震わせて噛み付いた。まるで何か理由を付けてでもシリウスに今すぐに罰則を受けさせてホグズミードに行けないようにしてやる、というような気迫が感じられた。きっと紙切れ一枚でも出てきたら最後、シリウスはフィルチにとっ捕まえられてしまうだろう。

シリウスは一瞬私に向かってやれやれと肩を竦めて見せたが、それから大人しくポケットも全部裏返して見せた――勿論何も出てこなかった。
フィルチは何だか不満げに口をキュッと閉じると、小さく頷いた。行っていいの合図だ。私達はそのまま石段を下りて馬車道に出た。

「フィルチのやつ、毎回毎回俺がクソ爆弾なんか持ち歩いてるかっつーの」
「日頃の行いが悪いからでしょ」

最早今日何度目かも分からない呆れ顔でシリウスを見ると、彼は「日頃の行い?」ととぼけた顔をしてみせた。

「……ハァ、呆れて言葉も出ないわ……でももういい加減そろそろ落ち着いたら?来年は6年生なんだから」
「ああ、言われなくてもそのつもりだよ……それに俺はもう懲りた」
「懲りた?」

そう言いながら石柱を抜けてホグズミード村に続く道を左に曲がった。その時一際大きな風が吹いて、私とシリウスの髪の毛が舞い上がる。シリウスは長い黒髪をかきあげて、「またお前がすっ転んだりして医務室通いなんてことになるのはもうごめんだからな」と言ってニッと笑った。







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