58 コソコソ月曜日




月曜日の朝、私はマダム・ポンフリーの最終許可が下りて無事に退院することが出来た。
3日ぶりに皆と大広間で楽しくお喋りをしながら食事が出来る。グリフィンドールのあのポカポカの暖炉の前で、お菓子を食べながら勉強するのも良い。医務室にいる間に出来なかった全てのことが、今や恋しくて堪らなかった。

戻れる喜びでスキップしそうになるのをなんとか堪えながら大広間まで向かったが、気のせいだろうか、医務室から大広間へ着くまでの間何人かの女の子がすれ違いざまに此方を見ながらヒソヒソと話をしていたような気がしていた。
そしてその疑惑はグリフィンドールのテーブルに着いた時に確信へと変わっていた。気のせいなんかではなく、間違いなく色んな方向から視線を感じる。しかも、嫌な視線だ。
私は出来るだけ小さくなりながらコソコソとリリー達の座っている席へ行くと、近くにいたコノハズクから読む気もない日刊預言者新聞をわざわざ1クヌート支払って受け取り、大きく広げて顔を見えないように覆い隠した。
新聞の一面にはでかでかと先日マーリン勲章を貰ったらしいなんだか賢そうな髭もじゃの魔法使いについてあれこれ取り上げられており、その髭もじゃの魔法使いが写真の中で此方に向かって手を振っていた。

「あらナマエ、折角退院出来たっていうのにそんなにコソコソして一体どうしたの?」
「そんなこと私が聞きたいよ!何だか私、皆に凄く見られてる気がするの」

怪訝な顔をしているリリーに、出来るだけ声を潜めて答える。更に新聞に顔を近付けたので、写真の中の髭もじゃの魔法使いと後ちょっとでキスしてしまいそうだ。
そんな私を見て、今度はマーニーが「やーだ、とぼける気?」と言いながらニヤリとした。

「何のこと?」
「シリウスよ、シ・リ・ウ・ス!彼、あなたが入院している間毎日あなたのところへ通ってたじゃない」
「それをバーサ・ジョーキンズが"たまたま"目撃したって、色んな人に触れ回ってるみたいよ」

マーニーとキャシーがそう言いながら「ねぇ?」と顔を合わせた。
バーサ・ジョーキンズと言ったら学校で一番噂好きな女の子だ。ということはつまるところ、きっともう少なくとも学校中の女の子がこの話を知っているということになる。
なんてことだ。私は絶望のあまり、日刊預言者新聞ごと勢いよくテーブルに突っ伏した。

「皆、彼が医務室へ献身的に通いつめるほどのお相手が誰なのか気になってしょうがないのね」

追い打ちをかけるかの如く、笑いながらそう言うマーニーを机に伏せたまま睨み付ける。こんな調子じゃ視線が気になって朝食もまともにとれなさそうだ。そんなことを考えていたら、案の定此方を見ていた女の子のうちの何人かが私の元へやって来て「ねえ、ちょっと」と声をかけてきた。

「あなたがナマエ・ミョウジ?」

そう不機嫌そうな顔で言う彼女は、ネクタイの色から察するにハッフルパフ生のようだ。 緩やかなウェーブのかかったライトブラウンの髪に、くるりんとあがった睫毛がかわいらしい、見るからにモテそうなタイプの女の子だ。

「あなたって確か、ハッフルパフのモーリスと付き合ってるんじゃなかったの?」

隣にいたこれまたかわいらしい女の子が怪訝な顔で言うので、「いや、あの、モーリスはただの友達で……」と言えば、彼女は更に眉を顰めて非難するような表情に変わった。

「じゃあ、シリウスと付き合ってるの?」
「そんな、まさか!友達、いや、ただ同じ寮の同級生っていうだけで……」

手を左右に振って思い切り否定しながら、なるべく周りにも聞こえるように大きな声でそう言うと、彼女達は「ふーん、そう」と途端に興味を失った様子だった。

「なんか思ってたより地味な子だわ。行こう」

そう捨て台詞かのように言い残すと、彼女達はさっさとハッフルパフの寮へ戻って行った。

……何とか誤解は解けたようだ。地味だと言われてしまったが。
隣で心配そうに此方を見ていたリリーやマーニーらは「何なの?あの子達!とっても失礼ね!」と鼻息荒く憤慨していたが、私としてはあの程度で済んで良かったと心の底から思った。シリウスが女の子から人気なことくらい否でも知っている。その女の子達から誤解されてその上反感を買うのは御免被りたい。
さっきの私の話が、私とシリウスの関係を気にしている女の子全員に聞こえていれば良いけど。
そうほっと胸を撫で下ろした時、ドカっとわざとらしい音を立てて右斜め前に誰かが座った。
まさかと思って顔を向けると、そのまさか、シリウスが不機嫌な顔でお皿にポテトをよそっているところだった。
それからシリウスは此方に目もくれずにわざとらしい大きな声で「おいプロングスよ、俺は"ただ同じ寮の同級生"なんだとよ」と隣に腰掛けたポッターに向かって言った。どうやらさっきの話を本人にも聞かれてしまっていたらしい。

「そんなの、"あんなやつ赤の他人で知らない人でーす!"って言われるよりはだいぶマシじゃないか?」

ポッターはそう言いながらちらりとリリーのいる方向を見た。リリーはというと、ポッターが来たことに気が付いてすらいないとでも言うように不自然なくらいにポッターに背を向けてマーニー達とお喋りをし始めた。まさに"赤の他人で知らない人"という態度だ。

「……あの、ごめんシリウス。」

そうシリウスに声をかければ、彼はさも初めて私の存在に気が付いたという表情で「おうナマエ、いたのか!何のことだ?」等ととぼけた。

「さっきのこと、皆の誤解を解こうと思って口走ったことで……だって皆私がシリウスの彼女かなんかだと勘違いしてて――」

そこまで言いかけた時、シリウスが飲みかけていたかぼちゃジュースを勢い良くブーッと吐き出した。おかげでシリウスの目の前に座っていたぺティグリューがかぼちゃジュースまみれだ。(リーマスが呆れながらスコージファイと唱えて綺麗にしてあげていた)

「ゲホッ、ゲホッ――お、俺とお前が、何だって?」
「彼女だと思われてるって言ってるの!」

咳き込むシリウスを睨み付けながらそう言ってやれば、今度はポッターが後ろにひっくり返るくらいの勢いで笑い出した。

「笑い事じゃないでしょ!――兎に角、そういう訳だからやっぱりホグズミードに一緒に行くのも辞めておいた方が……」
「ちょ、ちょっと待って、あなた達ホグズミードに一緒に行く約束までしていたの?」

そう口を挟んできたのは、聞き耳を立てていたらしいマーニーだった。
しまった、この話はまだ誰にも相談していなかったんだ。無視を決め込んでいたリリーまでもが今や驚いた表情で此方に振り返っている。

「えっと、うん、でもその話ももう無しに――」
「何言ってるの?ダメよ、行きなさいよ!」
「でも……」
良い?絶対行くのよ!

何をそんなに躍起になっているのか、マーニーは念を押すように強くそう言った。その迫力に圧倒されて、またしても私は思わず「うん」と頷いてしまったのだった。







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テーマ「人外ファンタジー」
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