56 見えない訪問者





「あー、もう面会時間終わりだ。じゃあまた明日来るね!」
「うん、今日はありがとう。また明日ね!」

リリー達が出て行った後の医務室は、恐ろしい程に静かだった。昼間は悪戯が失敗してお尻が腫れ上がった生徒や、誰かに呪いをかけられた生徒など、何かしら問題を抱えた生徒達がひっきりなしに出入りしているので静けさを感じることも無かったが、面会時間も終わって入院している生徒が私だけとなると、昼間の喧騒から一変、静まり返った医務室はまるで牢獄のように感じられた。

こんなことをうだうだ考えてたら余計に怖くなって寝れなくなってしまう。どうせここではすることも無いし、もうさっさと寝てしまおう。私は無理矢理に目をつぶって、頭の中で羊を数えた。
羊が1匹、羊が2匹――……
羊が500匹目にさしかかってうつらうつらとし始めた頃、キィ、と静かに医務室の扉が開く音が聞こえた。
……マダム・ポンフリーだろうか?医務室の扉から、一直線にこちらへヒタヒタと向かってくる足音が聞こえる。足音が聞こえるということは、生きている人間だということだ。多分。ヒタヒタと忍び寄る足音が、私のベッドを四角く取り囲んでいるカーテンのそばまで近づくと、ピタリと止んだ。
ああ、カーテンが開かれる――……
そう思った刹那、案の定シャッ――と勢い良くカーテンが開かれた。しかしどうだろう、カーテンが開いた先には誰もいなかった。……いや、いないはずがない。きっと"見えない"のだ。この感じを私は知っている。こんなことが出来るのは、あの男しかいない。

「……ポッター?そこに居るんでしょう?」

声を潜めて目の前の何も見えないカーテンの隙間にそう尋ねる。私の声が静かな医務室で反響した。ポッターの笑い声がすぐにでも返ってくるものだと思ったのに、返事は無かった。

「ねぇ、何のつもりか知らないけど、いい加減……」
「俺はこっちだ」
「――っ!!!」

突然後ろから声を掛けられて、私はベッドごとホグワーツの天井を突き破ってしまうのでは無いかというくらいに飛び上がって驚いた。叫び声を上げようとしたが、口を塞がれて叶わなかった。後ろを振り返ると、そこにはシリウス・ブラックがいた。ブラックが首だけの状態で目の前にいる。心臓がバクバクしてパニック状態の私を余所に、ブラックはやれやれという表情で古びた透明マントを外した。

「驚かせて悪かったな、でもこうでもしねーとここにも来れねぇし」

私は心臓の鼓動を落ち着かせながら目の前のブラックを何も言わずに見つめ返した。こんな近くで対面するのは久々だ。それにしてもこの男は、どの面下げてのこのこ現れたのだろうか。そもそも、この男がスネイプに悪戯をしなければこんなことにもならなかったのに。
相も変わらず黙っている私に、ブラックはイラついたように「あ゙ーもう!」と唸った。

「いいか、俺はお前に謝りに来たんだよ」

その言い方ときたら、とても謝りに来た男の態度とは思えない。そのことに自分でも気が付いたのか、ブラックは「……って、またイラついてどうする。あー、落ち着け俺」とブツブツと独り言を言った。その様子に思わずぽかんとしていると、近くにあった面会者用の椅子を引っ張ってどかっと長い足を投げだして座り、意を決したように此方へ向き直った。

「悪かったよ、全部。ああいう言い方しちまったことも、魔法薬学で俺のせいでお前に怪我させちまったことも……というか、今までのこと全部、か。……ごめん」

ブラックは時々気まずそうに天井や床に視線を逸らしながらそう言った。
ブラックが謝っている――しかも、誠実に。こんなこと、初めてのことだ。今まで色々酷いことをされたり言われたりしたが、直接ちゃんと謝られたことなんて一度も無かった。クリスマスカードですらびっくりだったのに。

「……お前、授業受けられなかっただろ?俺さ、お前の勉強付き合うから――」

ブラックの言葉にまたしても我が耳を疑った。謝るだけでなく、勉強まで付き合うですって?私はここにきて初めて口を開いた。

「いや、勉強はリリーが見てくれるから……」
「エバンズ?ああ、そうか、あいつがいたか――……あーでも、"闇の魔術に対する防衛術"なんかは俺の方がエバンズより上手く教えてやれる、うん、そうだ、それは俺が教えるよ」
「えっ?あー、じゃあ、うん、そうして」

とても同じ寮の同級生とは思えないようなよそよそしいやり取りだった。それから2人の間には気まずい沈黙が暫く流れた。
そう言えば、私とブラックは憎まれ口以外利いた試しがないかもしれない。こういう時、どういう会話をすればいいのかも知らない。
暫くお互いに黙っていたが、床を見つめていたブラックが唐突に顔をあげて「そう言えば」と此方を見た。

「お前……あー、ナマエさ、次のホグズミードに行く相手、決めてるか?」
「……えっ?ああ、その日は……」

突然の名前呼びに動揺しながらも"行かない"と言いかけて、私はその先を飲み込んだ。……もしかしてだけど、ブラックは私を誘おうとしている?……いやいや、そんなまさか。

「……怪我させちまったお詫びにさ、その日何でも奢るよ。一緒に行こう」
「えっ、あっ、うん、そうだね。ありがとう」
「……よし。じゃあ、俺もう行くわ。じゃーな」
「あ、ああ、うん、じゃ、じゃあね」

ブラックはまた透明マントを被って、忍び足で医務室から出て行った。医務室の扉が閉まった瞬間、嵐が過ぎ去った後のように医務室はまたしても静けさに包まれた。

ブラックに謝られて、更にホグズミードにまで誘われた――冷静になればなるほど、先程の出来事が信じられない。驚きすぎて、思わずデートの誘いもOKをしてしまった。ブラックとデート……いや、多分、きっとこれは夢なんだ。目をつぶって次に目が覚めたら、きっと今まで通り口を利かない関係に戻ってるはずだ。

しかし目が覚めて次の日になって、昼休みに私のところに"闇の魔術に対する防衛術"の教科書と羊皮紙を抱えて会いに来たブラックの姿を見て、全部夢じゃなかったのだと思い知らされたのだった。







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